鼠の騙し討ち

太刀打できますん

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 どうしてここに巳荻がいるんだろうか、という疑問すら声に出せず、俺はぼんやりと夜の街に立つ彼女の姿を見上げるだけだった。そういえば、いつだって巳荻は唐突に現れてきたな。ベラドンナといい勝負だ。
「苦労したわよ。あんた達の追跡部隊に任命されて、追っかけてみればクリーチャーの多発。足止めというより、まるで私たちを欺くような配置だったわよ。まあその辺は城之崎が読んでたみたいで、地元征軍への介入交渉もすんなり通ったけど」
 間違いなくベラドンナだな。アイツは逃げるのと同時に、痕跡が残る危険性も顧みず追手の動きを封じようと必死だったに違いない。
「ここでクリーチャーが発生しなきゃ危うく見落とすところだった。下手踏んだものよね。こんな大規模な戦闘起こして、アンタまでクリーチャーと戦っていたみたいじゃない。ほのかも居ないし、なんなの? 早速仲間割れ? それとも、偶然クリーチャーの発生に居合わせたの?」
 所々路面がめくれ上がり、看板灯が明滅している。無残な残骸を晒す戦闘の痕跡を見渡しながら巳荻が言った。しかし、大規模な戦闘とはなんのことだろう。まさか、俺が戦っているのを征軍に邪魔されないために、ベラドンナがクリーチャーを召喚したのか。無茶な事するよな。俺なんて見捨てて、ほのかと一緒に逃げてればいいのに。
「まあ、こうやって見つけることが出来たんだからいいんだけどさ。さあ、来てもらうわよ。残りの三人の居場所も教えてもらわなきゃいけないしね」
 冷えた瞳と、淡々とした事実確認に相槌すら打てやしない。膝を着いたまんま、俺はただ滲んで行く視界を受け止めるしかなかった。
 しかし、なんだかこう不思議な気分だ。数日振りに巳荻と会ったんだから「よお元気?」とか気軽に言い合ってもおかしくないような気がしてるんだけど、それは勘違いも甚だしいよな。ああ俺たちもうそんな関係だったっけ、って思わざるを得なくて、ホントわびしいもんだよ。
 そうこうしていると、脇の方から城之崎大地と学生部隊の二人が歩いてきた。苦手な奴も来たもんだ。
「ようやく見つけたか。何があったか知らんが、最後まで手の焼ける連中だ。さて、これは今までのような囮ではない。確実に奴らはここにいる。早急に探し出すぞ」
 そういえば最初に見つかったのは俺か。ほのかはちゃんと逃げ切れただろうか。
 そもそも、ほのかは俺の事をどう思っていたんだろう。俺が浮かれている姿を見て、影でほくそ笑んでいたのかな。いや、影で哂う必要なんて無い。彼女がその気になれば目の前で「お前みたいなクズを相手にしてやってるんだから感謝してよね。アッハ!」とか言っていても、俺の耳は別の言葉に聞いていて、「そうなんだ! うれしいなぁ! やっぱりほのかは可愛いや!」なんてやり取りがあったのかもしれない。
「いやキャラちげーし」
 思わず漏れた呟きは、周囲に届いていなかったようで一安心。
「ほら、もういいでしょ? 充分暴れたじゃない。後のことは私たちに任せて、ほのかの居場所、教えてくれない?」
 言いながら、巳荻が刀を取り出し、俺に向かって突きつけてきた。こっちは戦意喪失して膝着いてボケッとしてるってのに、満遍なく容赦が無いな。
 それにベラドンナから貰った携帯も、あのオバちゃんに渡しちゃって連絡する手段が無い。俺を助けるためにベラドンナはクリーチャーを呼び出したなんて思ったけど、そう都合の良いこともあるかどうか。そんな事を考えていたら、あっさりと刀が俺の脳を貫いた。
「拷問なんてしている時間は無いの。さっさと吐きなさい」
 俺の頭の中を舐っていく物質透過された刀。このまま実体化されたら、なんて考えるまでも無い。
 もうどうでもいいって阿呆みたいに呆然としていたら、城之崎が俺の頭を蹴りつけた。地面に倒されたまま、起き上がる気にもなれない。長身痩躯の城之崎がズンズン近づいてくる。
「ちょっと、城之崎!」
 咎める巳荻を押しのけてまで、城之崎は俺の方へやってきた。お前の顔なんて見たくない。
「お前は本当に出すぎた真似ばかりだな。あの時もそうだ。命令を無視して迷子の子供を助けに行き、俺達を窮地に追い込んだ」
 その事を根に持ってんのは分かるけど、何もこんなとこで蒸し返すなよ。それとも、最後だからキッチリ話しを付けたいのか。面倒臭い奴。
「その時お前はなんと言った? 一人でも多くの命を救うことが出来れば良いじゃないか、だと? 英雄気取りの素晴らしい回答だ。老害どもが聞けば、その場限りは拍手喝采だな」
 やめてくれ。俺はその時、本当にそう思ったんだ。
「そしてなんだ? お前は迷子の子守は出来るが、クリーチャーに襲われた子供は助けられないときたもんだ。仲間まで見殺しにして、傑作だよまったく」
「城之崎ッ、それ以上はやめなさいッ!」
「お前たちが星名ほのかを奪っていった日、一体何人の死者が出たか教えてやろうか?」
「ここで言わなくていいからッ!! それは私が伝う!」
「英雄様の大好きな一般人が山のようにいたぞ。そして、お前の父親もな」
「え……」
 ――――――。
「話は聞いている。よかったじゃないか。重荷だったんだろう? 役立たずになった父親が」
「うわあああああああああああああああああああああああ!! あああ! あああ!!」
「城之崎ッ! アンタもう黙りなさいよッ!」
 薄汚い涙を流すな。欺瞞だ。でも止まらないんだ俺の所為なんだ。
「身の程を弁えなかったツケだ。お前の器ではなかったんだよ。大人しく学生部隊の中で過ごしていれば、こんな目には合わなかっただろうにな。お前なりの惨めな人生を歩んでいれば、それで構わなかったろ?」
 胸が握りつぶされたみたいに痛い。あんなところ嫌いだった。でも居なくちゃいけなかった。それは知っていたんです。だから仕方ないんだって頑張ったんです。それでも好きな女の子を守りたかったんです。その気持ちが間違っていたとしても助けなきゃって思ったんです。
「ひっ、ひっ、う、ああ。あああ」
 なんでもします許してください。わがままでした。上手くいって欲しいなんて思っていました。ごめんなさい馬鹿でした。
「もう一つ教えてやろう。お前の父親はクリーチャーに殺されたんじゃない。逃げていた子供に突き飛ばされて、頭を打って死んだんだ。お前が守りたいと言っていた、一人でも多くの命に、お前の父親は殺されたんだよ。お前が星名ほのかを助けようとした所為でな」
 もう嫌なんです。見たくないんです。聞きたくないんです。おかしいこと言っているのは分かっています。
「全て覚悟の上じゃなかったのか? ふざけるなよ日向。当然、その中途半端な覚悟で殺した人間は誰一人、お前を許しはしないぞ。所詮お前はここまでだ。どこへ行っても愚図に変わりない」
 あんまりです。こんなのってないです。どうすればよかったんですか。どうしたら、みんな笑顔になることが出来たんですか。誰かが誰かを憎むのが怖いんです。そこでは誰もが押さえつけられています。誰か、誰かお願いします。
 ……たすけてください。


■    ■    ■


『大丈夫、神様は少年を救い出してくれる』
 え? 誰ですか? 本当に助けてくれますか? どうやって?
『落ち着いて、少年の願いを聞かせて頂戴。そうすれば、神様は必ず聞き届けてくださるわ。必ず、ね』
 そんなの、願いがあったから、こんなことになったんですよ?
『少年にはもう信頼できるモノも、守りたい人もいないじゃない? それは願いが叶わなかったからよ。叶えるのよ、いまここで。少年は、いま少年の心だけなの。だから、あなたの素顔の気持ちを見せて……そうすれば―――』


■    ■    ■


「はぁ……はぁ……。ぐすっ、んぐっ。ひっう」
「どうした? 立ち上がってなにをするつもりなんだ。何も出来やしないぞ。お前如きではな」
「うちず……ずっ。うち……うっうっ」
「日向、もういいわ。今は休んで。何も考えなくていいから。全て終わってから、話をしましょう」

 願いを―――

 心臓の奥底からの声に導かれて、鼓動に張り付いたキモチを呼び起こし、異質な力を捧げよう。人の体が作り変えられ、体の芯から爪先までを視覚できない衣が包み込み『力場』を形成した。
「おい、何をするつもりだ」
「戦うの? そんなことしたら本当に私は、アンタを……」
 掌に意識を集中すると、皮膚の内部、筋肉の筋という筋が裏返り、波打ち、薄皮を突き破るように躍動する。掌に心臓が宿ったのではないかと思うほど激しい鼓動。手を包む皮膚が、全てめくれ上がるような錯覚を引き起こし、一本の剣が引き出した。
 心臓に憑いた腫瘍から、全ての力を送り出す。手の平から感覚としての管が生え、剣へ編み上げられた『力場』の管を接続。全身から一斉にラインを満たす異能を射ち込み、押し潰され、腕の底で暴れだす『力場』を鋼の牢に結合。異核兵装に収斂されていく力。刃にも感覚が生えたように、全身の意識が剣に宿る。耐えかねるように、押し寄せる波が唯一つの想いを発露した。

 ―――世界へ。

「討ち尽くせえええええええええあああッ!!」
 未だ能力者同士でしか知覚できない『力場』が、確かな厚みを持って大気へ触手を伸ばす。豪風となり、その場にある物体を全て跳ね除け拡散から収束へ。透明で何者も寄せ付けない『力場』の卵が俺を包み、剣の願いを聞き届けた異核が応答する。
 荒れ狂い、木々がなぎ倒され、誰も近づけない外側と違い、驚くほど周りは静かだった。音も風も悲鳴も彼女の声も、何ひとつだって聞こえやしない。昔の映画を見ているみたいに、動いているものが諧謔染みている。
 ただ穏やかだった。今なら何を見ても、うなずく以外の方法が無いように思えた。さっきまで頭の中が混迷して、いくつもの思いが入れ替わっては崩れていったような気がするのに、今は形なんてどこにも見当たらない。全部がぴったりと重なり合って溶け合って、ようやく俺は、俺の事を取り戻せたような気がする。
 無音の羊水に覆われているその中で、異核だけが切ないほど温もりを持っている心地。まず心臓が潰された。すぐさま異核がポンプ替わりとなり、血液とは別種の液体を押し出し、身体へ固着して行く。次いで筋肉が内側から食い破られた。骨が押しのけられて、皮膚を赤黒い"身体"が突き出てきた。"身体"が出てくるたび、大仰に一段二段と体がぐらぐらしてしまう。まるで揺り籠にあやされているように、俺の心は満たされていった。
 赤黒い皮膚が創りだされ、右半身、その手首の手前、脛の辺りまでを、内部から新しい人の形に孵られる。閉じたままの右瞼が無理やり開かれ、潰れたはずの眼球が蘇った。
 背中の上を熱い塊が伸びていき、折りたたまれた(腕/膝のような)触覚が広がる。月明かりに照らされた影を見ると、翼が四枚生えていた。だが翼と言うには細すぎ、羽というには少々無骨だ。そしてなにより、生まれたばかりの新たな触覚は、空を望んで喘いでいた。
 どうやら、今まで遭遇したことのあるクリーチャーとは違い、人型を正しく維持しているようだった。
 次にようやく、焦らされ疼く左半身へ、異核が愛撫を開始する。
 ゆっくりと味わうように俺の身体が、細胞が潰されていき、その背中に―――、衝撃。重量。覆いかぶさり靡く影。そして胸から生えた―――レイピア。
「お・ま・た・せぇぇぇッ!」
「ぐがあああぁぁぁッ!」
 熱く、冷く、痛く、痒い。貫かれた赤黒い肌が、煙を上げて暴れだす。
「上手に出来たわね! 上手に出来たのね! よく出来ました! よく頑張りました! ご褒美よ少年、受け取ってぇぇぇッ!」
 背中に乗り、俺を串刺しにしたベラドンナの嬌声が耳障りで仕方ない。人の部分を残した肌が、滝のような汗を落としている。人を脱皮しかけていた部分、クリーチャーとなった俺が震え、いや、振動を続けてざわめきたっていた。俺の体へ伸びていく"身体"が止まり、その中で何兆という信号をぶつけ合っては霧散する。あまりの激しいフラッシュバックに意識が封鎖と覚醒を続け、声を出すことも出来ない。流される異物に、異核が悲鳴を吐きながら抵抗を続けるが、もう既に身体の大半はベラドンナに従事していた。
「星名ほのかに操作させる予定だったけれど、アクシデントはつきものよね! それが醍醐味と言うやつよ! 面白ければそれで良し! それになにより、この程度なら私で充分! おめでとう少年! アナタは歴史に名を残す! アナタが証明した! 人は、我々は、クリーチャーだったのよ! 死ぬ必要もない! その器に不適切な絶望と欲望と純真さと乞う魂があれば、我々は生まれ変わるのよ! でもちょっと待ってね! 完全に堕ちちゃったら、殺せば灰になっちゃうじゃない! アナタを続けなさい! そしてそして! あとはあとは! 異核がなぜ存在するのかよね! 教えて頂戴みつけて頂戴! 私たちならきっと、きっと、きっと、きっと!」
「殺せ巳荻ぃッ!!」
「はああああ!」
 いつの間にか『力場』の渦は無くなり、目の前まで迫っていた巳荻が背中に乗ったベラドンナへ刀を振るい、身体が軽くなり、すぐさま剣戟か聞こえ始め、俺は耐えかねる痛みから逃れるよう飛翔した。
 渡された薬を飲んだときよりも、酷く生ぬるい舌に全身を舐め回されているようだ。どうやら俺のクリーチャー化が、ベラドンナ能力によって止められたらしい。だが、それも完全に汚染されたわけでもないようだ。まだ、俺は俺の意識を保っている。
 口を動かしてみるが、空気が俺を避けて息が出来ない。小刻みに震える指で喉を潰し、ようやく呼吸が再開された。こんな身体になっても、肺があることに苦笑する。
 気がつくと空を飛んでいた。ビルのガラスに映る自分の姿を確認し、思わずため息が漏れる。背中の羽で飛んでいるのだろうけど、羽は地面の方を向いているだけで動いちゃいない。こんな無骨な細い羽で、羽ばたきもせず空を翔ることが出来るもんなんだろうか。
「ちがう……。飛んでるんじゃない。泳いでんだ、これ」
 絵画で見る天使や悪魔も、こんな感じだったのかな。俺の意識に反応して、羽は蛇行を選んだ。
 そういえば何で喋れているんだろう。喉は相変わらず穴が空いていて、ヒューヒューと笛みたいに音が鳴っている。
「首だけになっても喋れそうだな」
 人間を離れた身体を冷静になって見渡してみようかと思ったけど、頬に当たる風が気持ちよくてどうでもいい。
 そういえば、羽化寸前に卵から取り出された雛は、すぐに死んでしまうんじゃないかな。今の俺もそんな状態だけど、どうなんだろう。不自然なくらい普通に動かせる身体が、なんとも奇妙だ。
「どうなっちゃうんだろうなぁ」
 空の散歩を続けながら、曇り空がかかる空を見上げた。そうだ、せっかくだし、どこまでも高く遊泳して行こう。じっとりとしたここは居心地が悪い。雲のカーテンの向こう側なら、この嫌な気持ちも晴れるだろう。それに、いつも見上げるだけのあの星に、今なら手が届きそうなんだから。
 ふいに、なぜだか分からないけど、彼女に会いたかった。こんな気持ち、もうどこかへ行っちゃったんだって思いたかったのに。どうも俺が考えているようなのとは違うようだ。ベラドンナに侵され続けた所為だろうか。俺が自分を取り戻せた所為かもしれない。ほのかが俺に与えた力の方向性が、ぼんやりとだけど分かり始めていた。
「でも、いまさらだよ」
 こんな姿になっちゃって、もう口も聞いてくれないだろう。それで何が変わるわけでもないんだから、もう忘れよう。
 ゆったりと羽を伸ばして、この街で一番高いビルを超えた。
「どこまで行くつもりだ?」
 声と共に、空を切って襲い掛かる戦斧。
 脇から足にかけて刃が通り、戦斧の突起に引っかけられ、投げ飛ばされた俺はビルに叩きつけられる。
「があああッ! 城之崎ィッ!?」
 何が起こった。どうして奴がここにいる!? だが間違いなく奴の声に異核兵装。煙を上げながら修復を続ける右半身を押さえ、顔を上げる。
「まったく。いつまで経ってもフラフラとしている奴だ。いい加減、地に足をつけたらどうなんだ?」
 何も無い空間に立った城之崎が、俺を見下ろしていた。
「今のお前にだけは言われたくねえよ。どうなってんだ、一体」
「数ヶ月おなじ班にいなくなっただけで、もう俺の能力を忘れたのか?」
 熱風を呼び起こす城之崎の能力。それを使い、風で作った足場に立っているとでも言うつもりか。そんなのありかよ。可能なのか? いや、いくらなんでも無理がある。
「その前に、大地って名前のクセにスカイウォークかてめえ」
「さて、大人しく来て貰うぞ。期せずして俺の目的も果たされた。もうお前らは必要ないが、世間はそうもいかんだろう」
「ああ、そうだろうな。けど断る」
 お前の目的なんて知るか。ただどうやら、こいつは俺をクリーチャーとして屠る気は無いようだ。でもさ、それはそっちの事情で、こっちにはこっちの事情がある。大人しく捕まるなんて御免だ。
「捕まえたいっていうなら、力ずくでやって見やがれ。生憎こちとら、お前のことが大っ嫌いなんだ」
 だってさ、もうこれ以上、生きていく意味なんてあるのかな。ベラドンナに付き合う必要も無いし、どうせ国に捕まったってモルモットみたいに飼われて用がなくなれば処分されるだけ。クリーチャーになりたいわけでもないし、人に戻りたいとも思わない。帰れる場所も無い。帰る理由もない。もう何もなくなっちゃったんだ。
 ここで果てよう。ここが果てだろ。もういいじゃん。疲れたんだ、終わりにしてくれ。ここまで来て我が侭かけ通しで悪いけど、これが城之崎じゃなくて他の奴だったら、ちょっとは考えたかもしれないけどな。でも、クリーチャーに成り損ねた俺を、こんなところでトドメ刺せるのお前しかいねーじゃん。
 城之崎が戦斧を構え、俺はビルの壁面から身体を剥がし宙に乗る。
 これが最後だからさ、言いたいこと、言わせてくれよ? 思いっきり、暴れさせてくれ。
 奴の足元から焼けるような風が密度を増し、俺の方へ伸びた。羽を伸ばして空へ飛び込み、剣を奴へ向ける。空中を走る城之崎めがけ、剣寝かせ討ち抜くよう直進。そして、互いの切っ先が火花を散らした。
 さあ、踊ろうぜ。





 最終話 「His World」



 奴も俺も、頭を抑えるように夜空の上で剣戟を重ねる。単純に高度を奪ったものが、その分の破壊力を得るのだから当然だ。縦横無尽に泳ぎ回る俺を、城之崎は変幻自在に追いかけてくる。羽で動く俺のほうが一歩ほど早い。いや、それでも一歩程度か。あまり速度は出ない羽のようで、『力場』で強化し走っている城之崎に油断すると追い抜かれてしまう。
 クリーチャーとしての怪力も耐久度も、五割ほども持ち合わせのない半端な状態で、限界なんかも底が知れていた。
 ようやく、全て壊せると思ったのに。とうとう、何もかも手に入ったと思ったのに。
「なあ! 城之崎!」                        
「どうした、日向」
「お前さ、何で戦ってんの?」
「それが俺の出来ることだからだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「やめたいとか、思ったことないか? 今はどうだよ。だってさ、クリーチャーとの戦いって終わんないぞ。お前だって、死んだら俺みたいになっちゃうかもしれない」
「そんなことはどうでもいい。この件で、異能者がクリーチャーに変貌するということが分かった。これは歴史的な進歩だ。いずれ、奴らを根本的に除去できる方法も見つかるだろう」
「それまで戦い続けるって?」
「その必要も無い。俺が死のうが世界は回る。取るに足らない事だろう。俺は、何故こんなものが世界に突如生まれたのか知りたかっただけだが、知らなければならないことでもない」
「そんなんでいいのかよ。欲のない奴」
「そうでもないさ。俺は俺の望む事をやるだけだ。叶える事が絶対的な目的ではない。示し続けるだけで、ほぼ全てを達成している。そうであれば、行使できる時に迷い無く行動を起こせ、結果に繋がるだけだからだ。お前こそなんなんだ。都合の良い慰めが欲しいだけで剣を振るい、生きていくしかないだけの益体の無い人生を過ごし、ただ流されるままで何も出来ず、心すら定められていない」
「そんな奴は、生きてちゃいけないってか?」
「そこまでは言っていない。勝手にしていればいい。ただ、その中途半端な思いで何かをするつもりで、何かを出来ると勘違いしているのが気に食わんのだよ。何も出来やしないぞ、夢幻を追い続ける限り」
「そんな風に、なんでもかんでも割り切れるかよ」
「ならば自己陶酔に沈め。お前なんぞを相手取るのは時間の無駄でしかない」
 相変わらず圧倒的に正しいな。眩しいくらいだ。分かってんだよ、それくらい。けど、この撞着は一向に収まる気配は無くて、お前を倒せって言ってんだ。そんなものに収まり続けて、飛び出たつもりで好い気になって、それでもやっぱり枠の中なんだ。自分が子供なんて分かりきってんだよ。けどさ、時々、叫びだしたくならないか?
「本当に、そんな生き方なんかで満足かよ」
「生きる意味を知るために、俺たちは生きているのだろう。ならばその模索の手段として、前提条件としての理くらいは、受け入れねばならんだろう」
「だったらそれで、何が手に入るか言ってみろよ。生きる意味を知るために生きて、そんで死ぬ間際になにか見つけたとか言い出すのかよ。煙草と人は灰になってから価値が分かるとか、馬鹿臭えんだよ。あっかんべーして一抜けだぜざまあみろ。いいか、俺は、答えを見つけたんだ!」
「錯覚だよ。体のいい、都合のいい逃げ道に飛びついただけだ。似非宗教に身を捧げるのと変わず、貴様の信仰は、思考放棄のための詭弁に過ぎない。駄々をこねて玩具を買い与えられ、甘やかされた日々の延長でしかない」
「んなこと言ってたら、何にも望めなくなるだろうが。俺は、我が儘でもいいから、自己中だとしても、他人の迷惑を鑑みない屑だろうが、傷つけようが、抱きしめたいって思ったんだ!」
 所々火の手の上がる街並みが、もう豆粒みたいにしか見えない。
 雲の中に逃げ込み、奴より早く上空へ飛び出た。城之崎が雲から飛び出る瞬間を狙い、雲が裂け出た場所へ飛び掛るが、何も無い。熱風によるフェイク。一拍置いて突進する城之崎の穂先に剣を合わせる。
 酸素の供給を追いつかなくしてやろうと考えていたが、『力場』の守りはそこまで柔じゃなかったみたいだ。ここまでの高度に達したにも関わらず、城之崎の動きは淀みない。
 足場のある奴に対し、こちらは滑空している。その利点を生かし高高度から弾丸となって一撃離脱を心がけるが、熱風に進路を邪魔され思うように動けない。こちらの羽を押さえ込めるほど強力ではないが、力任せに熱風の障壁を突き破った先には、絶妙のタイミングで頭をバッティングされる。
 殺す気じゃねえか。
 距離を開けたいが、そこまでの出力は望めない。がんじがらめに絡め取られながら接近戦を続ける。だが、体力はこちらが勝っている。奴は肩で息をし始めていた。やはり、クリーチャーの恩恵があるためだろう。
 通常、クリーチャーにはほとんど知性が無く力任せに戦う。異能者が対抗するためには、体力を温存しながら防御と回避に専念し、隙があれば攻撃を加えて体力を削る。
 現在、城之崎は彼我の距離を詰め、俺を自由に飛ばせない戦い方をしている。攻守の立場が完全に逆だが、城之崎が守りに入れば速度差が付き過ぎ、また、俺が逃げる算段に入った時は完全に見失うだろう。体力的に劣る城之崎が狙うなら短期決戦。クリーチャーとして半端な俺なら、叩き伏せることも可能と奴は判断した。
 その気になれば城之崎は空を飛べるはずだ。だが、奴の能力の持続性や規模を見ても燃費が悪い。消耗し、噴射し続ける事よりも、一定の数の塊を産み出し操作する方が効率もいい。だから、それを使ってくるとしたら、ここしかないよな。
 城之崎の巨体と戦斧のリーチを活かして打ち下ろされた刃を受け止め、弾き飛ばされた先、熱風で羽の自由が奪われ、俺の頭を取った城之崎が爆風と共に突進。戦斧の頭に剣を組み合わせ防御。
「ぐあああああ!」
「おおおおおお!」
 雲を突き抜け下降する。突進の勢いで跳ね飛ばされて逃げようとするが、意地でも距離を離す気は無いようだ。加重のベクトルを一切ぶれさす事なく地面へ向けている。加速して地上まで、小刻みに鳴らす刃の音だけは違わずに。大気の壁を突破し、圧力に負けた羽が千切れ飛んだ。
「さあ、貴様が汚した世界で死に絶えろ」
 地面が近づき、離脱も間に合わない。ビルの波に飲まれ、ガラスが爆散する。どんどん、どんどん空が遠くなる。もう、手を伸ばしても何も届きそうになかった。ここで逃げたとしても、離れた勢いで地面へ激突してしまう俺に対し、城之崎は自身の能力で致命傷を避けるだろう。
 だから、俺は剣を体内に戻した。
「があああああああッ!」
 鋭い穂先と斧頭が抉りこみ、鎖骨の下を貫通する戦斧。身体のバランスが崩れ、抵抗すること無く振り乱れた。戦斧を持った城之崎の手が近づき、切断されそうな腕を用いて捉える。そして、感づいた城之崎が俺の体から離れようとするが、もう遅い。
 何が、最強だ。
「焦りすぎなんだよ城之崎ィィィィッ!!」
 剣を再び顕現し、目を見開いた奴の胴体を貫いた。


■    ■    ■


 例えば、ムシャクシャした時に部屋に転がるリモコンとヌイグルミを見つけて、ヌイグルミの方を手にとって壁に投げつけ八つ当たりするようなもんだ。何の意味も無い勝利だった。達成感には程遠い。むしろ終わろうとして戦ったのだから、これは俺の負けだろう。
 ただ、気分は良かった。どこを見ても負けっぱなしだった俺が、強い奴の鼻っ柱を殴れたんだ。理想とか思想とか常識とか、その他諸々叩かれても、ラッキーだったとしても、試合には勝ってやったぜ、って。勝負には完全に負けてるけどな。
 煙を上げ、修復を続ける身体を見た。体に開けられた穴は、そのうち塞がるだろうが失われた体力は戻らない。空を飛ぼうにも、羽が三枚ばかり無くなっていた。どうがんばっても、征軍がいるこの地帯から逃げ切る事は出来そうになかった。
「そんなこと、もうどうでもいいんだけどな」
 離れたところに墜落した城之崎を見ると、まだ息はあるようだった。流石に重症だろうが、あの一瞬で致命傷を避け、能力を使って着地の衝撃を殺したのは見事だ。あいつの方がバケモノに見える。
 空を見上げ、もう二度と届かない空に手を伸ばす。一度あの向こう側へ行ったとき、ちゃんと夜空を見ておけばよかった。曇天としていて息苦しいから、晴れたらいいのにな。
 とろん、と瞼が落ちてきた。このまま目を瞑って眠れば、何もかも全て終わってくれたらいい。
 何も考えずに眠ろうとしていると、ヨタヨタとした足音が聞こえてきた。
「悠くん、大丈夫?」
 ほら、少女漫画とかでさ、好きな人を見つけたりすると花が咲いたりキラキラ光ったりするじゃん。あんな感じに見えてたはずなんだけど、今はもうそんなことないんだ。
「ほのか……」
 痛んだ白い髪はみすぼらしいだけだし、折角した化粧も崩れてしまっている。奥二重の目はクリクリしていて可愛いっちゃ可愛いんだけど、別に好みかって聞かれるとそうでもない。鼻が低くて唇がポッチャリしていて、幼すぎて怖いくらいだ。青白い肌も不健康そうってか病弱そうで、死んでいった連中の顔とか思い出しそうになる。
「岸峰さんが、ここまで連れてきてくれたの。どうしても、悠くんに会いたくて」
 その岸峰は? と聞くと、ベラドンナのところに向かったと彼女は教えてくれた。どこまで来ても苦労するなあの人は。あんなのの傍にいたらしょうがないけど。今頃は多分、毎度のことながら上手く逃げてるところだろうな。
「ちゃんと、お話しなくちゃって思って。もう、分かってるよね? 私、悠くんに酷いことしていたの」
 クリーチャーの能力を行使できたほのかは、俺に矯正をかけて自分の思い通りにさせていた。それも、クリーチャーが死んで力が無くなったわけで、今ここにいるほのかの姿も、俺の見える風景も全部本物なんだろう。
「ああ、知ってる。全部、嘘だったんだろ。俺が、ほのかを好きだったことも」
 ほのかは俯いて、涙を堪えている。少しだけ安心する。ちょっと想像していたような、ここで爆笑する悪女じゃなくてよかった。
 少しの間、重苦しい空気で口を開けなかったけど、もういいよな。だってさ、彼女、なんだか知らないけど頑固なんだ。
「でもさ、今、少し嬉しいんだ。あんなに俺のこと思っていてくれたんだなって」
 小動物が爆竹の音に反応するみたいに肩を震わせて、彼女が顔を上げる。その瞳から面白いくらい涙が落ちていた。
「ほのかを好きになるのとは別に、もう一個矯正してたろ?」
 ほのかの事だけだったら、あの時も、あの時も、矯正に抵抗した時に現れる頭痛は無かったはずだ。多分、彼女は俺に、「俺が望むような俺へ」なるよう矯正を仕掛けていた。
 身の丈に合わないことは、きちんと諦められるよう。今までの物を壊してまで、何かを掴もうとしないよう。無難で、普通で、地面に立って、二本の足で歩けるように。
 でも俺の願いは、その能力は、まるっきり正反対だった。
「初めて悠くんに助けてもらった時、誰でもいいから助けてくれるように力を使ったの。そこで来てくれた悠くんの心の中を見て分かったんだ。矛盾なんて誰でも持ってるのに、それを跳ね除けようって無理してた。女の子みたいに複雑だったよ? そして、お父さんのこともあったんだよね? 今にも潰れちゃいそうだったんだ」
「別に、潰れちゃっても大丈夫だったと思うぜ? 人間って、案外打たれ強いんだよ。しばらく経ったらけろっとしてるさ」
「潰れちゃったままになるだろうけどね」
 心配性だな。だから、俺を選んでくれたのかな。だから、彼女は俺に会いに来たのかな。
「ねえ、悠くんはもう分かっているでしょ? こんなにボロボロになっちゃっても、まだ、終わりなんかじゃないってこと」
「そうだな、落としどころは分かってる。堕ち切れないって自覚もある。何もかも嫌になっちゃっても、やっぱりやらなきゃいけないことがあることは分かってんだ」
 母さんにも会いに行かないといけない。全て話して、それで、傍にいよう。許してくれなくても。許されなくても。
「うん。それとね、こんなこと言うと嘘だって思うかもしれないけど、私ね、悠くんが好きなの。悠くんに生きていて欲しいの。我が侭だけど、悠くんが苦しくても、いなくなっちゃうなんて、寂しいの」
「酷いなぁ」
 さて、今度は俺が選ぶ番だ。こんなところまで付き合ってくれた彼女へ、きちんと想いを伝えないと。偽者の感情に流されただけかもしれない。それでも別に構わない。それがどうしたって言うんだ。彼女が俺を求めて、俺が彼女を求めるように仕組んだってことは、ほら、ちょっとした強引なアプローチだったわけだ。だったらさ、据え膳食わぬはなんとやら。俺だって男の子だよ。
「約束してくれないか? ほのかも、ちゃんと生きていてくれるって。やっぱさ、二人一緒がいいな」
 この先、俺たちは普通の暮らしは出来なくなる。罪を犯した俺たちには裁きが待っていて、それはもうどうしようも無いのかもしれない。それでも、気持ちだけはここに刻んでおこう。
「うん。頑張るよ。悠くんみたいに戦うから」
「いや、俺は逃げていただけだって」
「そんなことない。立派に戦ってたよ」
 答えは出た。人は、未来を歩んでいくものだ。今ここに、目の前に居る人の為に、生きていないといけないんだ。それが力になるんだって言葉の残響が、空々しさを孕んで霧散する。馬鹿みたいで、とても綺麗だと思った。
 とりあえずは、今後のこと。ほのかはもう、クリーチャーの能力を使えないんだ。それ以外は普通の人間と変わらない。国は彼女を調査するために捕獲するつもりだろうが、普通の人間と分かった時点で解放してくれるかもしれない。クリーチャーとの関連性も全部ぶちまけて、駄目もとでも何でも、彼女が生き残る手段を白み潰しに当たろうぜ。
 まずはそうだな。多分だけど、仄草先生は彼女が処分されるんじゃなくて研究材料にされるって知ってるはずだよな。その辺りの罪悪感をガンガン刺激してやろう。
 それから、彼女の罪の意識だって何とかするんだ。あの体育館の事件だって、ほのかの意思じゃない。それから、彼女が納得のできる罪の償い方を見つけよう。
 それじゃあ後は、この身体だけだ。こんな身体じゃ今度は俺が研究材料。卑怯だろうが、どんな手段使ってでも彼女の傍に居るんだ。
「大丈夫? 手伝えることってある?」
「ん。手を、握っていてくれ」
 俺は右手で剣の腹を持ち、自分の胸に突き立てた。ゆっくりと息を吸い、身体へ刃を押し込んでいく。痛覚までキッチリ修復したクリーチャーの部分が悲鳴を上げ、歪んでいく俺の顔を心配そうに彼女が見ていた。握った左手が強く、儚く結ばれる。
 そして、身体の中心。異核まで剣が届いた。
 お別れだ。
 ほのかの身体を乗っ取ったクリーチャーを追い払ったように、意識を傾ける。
「討て」
 短く呟き、押し出された力が異核へ還っていく。胸の中に落ちた塊が断末魔を上げ、裏返える。創りかえられた時を巻き戻すように、元の身体が復元され、赤黒い肌が潰され、右眼が無くなり、人へ帰る。未だかつて誰も成しえた事のない異核の除去が、あっけなく終わった。この日、このときのために、こんな願いを持ったのかと思うくらい。そんなことは無い訳だし、その力の所為でクリーチャーになったとも言えるんだけど。
 本当に、最初から何も無かったかのように異核は溶けて消え、再び鼓動が始まった。
「よかった……。上手くいってよかったよぉ……」
 ほのかが大粒の涙を流しながら俺に抱きついた。やっぱりその身体は温かくって、あの頃の残滓が今でも続いていると教えてくれた。けど、俺達が手に入れたのは残骸なんかじゃない。
「まあ、自分の身体だし。分かってたんだけどな。ベラドンナの毒も一緒に消せたみたいだし、追い風吹きまくりだな。一気に転がっていこうぜ」
 けど、別に異核を討ったところで俺の気持ちは無くならない。このあやふやな気持ちと、ずっと付き合っていかなきゃいけないんだ。
 出来ない事だらけの現実で。息苦しくて、誰かに傍にいて欲しくて。独りよがりの被害妄想の世界で子供のように喚きながら、誰かに助けて欲しくて。誰かをまた助けて。
 心に溜まった老廃物を押し出すことなく、せき止めながら咀嚼する。
「なあ、ほのか……」
「なあに? 悠くん」
 最後のお約束。愛を誓った二人が、抱き合ってからやることなんて決まってる。言わなくても、いいよな?
 照準合わせ。間合いを把握。接近戦へもつれ込む。
 二人の影が重なって―――
「……ん」
 太陽も星も見えない、暗くて狭い空の下で、このとき見つけた不確かな思いを胸に、僕らは僕らを続けていく。


あきねずみ

Author:あきねずみ

セルフ 貴子同盟

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