鼠の騙し討ち

太刀打できますん

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 二月も半ばを過ぎた日曜日。休暇中の日向悠生は繁華街へと繰り出していた。露天商が広げるアクセサリーを、何かの敵のような面持ちで睨んでいる。ダウンジャケットを着た背中を丸め、手袋越しにペンダントを掴んでいる。
 数日前のバレンタインデーに、星名ほのかからチョコを貰ったのだ。
 星名と十二月に出会ってから二ヶ月、共に遊びに出かけることはあった。初詣に行った時も巳荻達と一緒だったが、遊園地に出かけた時と同じく途中で二人きりになるチャンスもあった。人ごみで逸れたら大変だから、などとベタな言い訳と共に手を握ることにも成功した。だが、それまでだ。
 何も進展していなかった。二人きりには何度かなれたが、賑やかな場所に限っての事だ。そんな場所では一歩を踏み出すことが出来ない。やはり静かな場所で、二人きりにならなければならない。
 どこかへ呼び出そうと何度も試みた。非戦クラスが移動教室と知って、廊下で待ち伏せしてから偶然を装い声をかけた。しかし、今までの思わせぶりな態度とは裏腹に星名は無邪気な笑顔で日向に接した。そのため日向の毒気、いや、邪気、違う、決意を胸に秘めた熱い思いは意気消沈することとなった。
 確かに脈はあると思っていた。彼女が日向に見せる何気ない仕草の数々から、二人の距離は近づいているものと。しかし、決定的な事に踏み込もうとした時に限り、星名の都合が悪い場合が多い。テストで悪い点を取り落ち込んでいたり先約が有ったりと。
 そしてバレンタインデーを迎える。当日、日向は緊張していた。自意識過剰な日向の脳内では、もしかすれば星名はこの日を待っていたのではないだろうかと考えていた。星名は見た目どおり少女趣味だ。だが、フリルやリボンが主食で、お菓子の服を着て歩くくらいの齟齬があり多少読み辛い。しかし夢想家であることには変わりなく、バレンタインと言った特別な日に思いを馳せている可能性は容易に想像がつく。以前テレビで見た恋愛ドラマのワンシーンを熱っぽく語っていた。曰く、海の見えるレストランで愛を語り合うのが最上のロマンスなのだそうだ。
 恋に恋するお年頃。この日しかないと、日向は高を括った。
 しかし、自分から告白の出来ない情けない男で構わないのだろうかと日向は思う。それ以前に、星名はこの関係を楽しんでいるだけではないだろうか。異性として、あまり強く認識されてい無いのではないか。ただこの状態で付き合ったとしても、彼女の恋に恋する乙女回路に振り回されるだけではないだろうかと。
 悶々と一人、日向は教室の机に座り考え込んでいた。
 そこへ、とうとう星名が日向の教室へやってきた。このタイミングなのか。いや、呼び出しに違いない。しかし、チョコを渡されたときに何と返すか考えていなかった。答えは出ているが、どのような言葉を持って示すかを思いあぐねていた。人生的飛躍のこの瞬間に、ただ首肯し星名のペースに呑まれるだけで終わるのか。否、断じて否である。恐らく、これは呼び出しだけで、決戦は放課後の校舎裏。それまで猶予は残されており、彼女を少女から大人の女へ一歩踏み出させるような名文句を、奥義を、日本男児ならば編み出さなければならない。
(大人の、女。大人の、階段……!)
 だが思考は停止した。いや、一つの事しか考えられなくなってしまっている。
 パネルのように固まった日向へ星名が近づき、ハツラツとした笑顔で話しかけた。
「はいっ、日向君。今日バレンタインだから、チョコだよ!」
 クマのプリントが施された包装紙が、酷く目に眩しい。商店街で見かけたバレンタインキャンペーンの、ワゴンの中にあったはずだ。反射的に受け取った日向を見た星名は嬉しそうに微笑み、元気良く手を振り去って行った。
「よし、波乗り行くか」
 自分でもよく分からない言葉が、口から漏れた。恐らく、傷ついているのだろうか。
 肩を叩かれ振り返ると友人が満面の笑みを浮かべ、「俺も、連れてってくれよ」と親指を立てて言った。
 思わず手が出た。
 それ以後、巳荻から「ほら、コレでも食べて元気出しなさいよ」とトッポを一本だけ投げ渡され、次いで仏のような笑顔の貫禄ある体形の女子が手作りチョコを配り歩いていたので有り難く頂戴した。
 日向のバレンタインは終わった。
(まだ、始まってもいねぇよ!)
 そして、この休日である。日向には考えがあった。
(こうなったら、実力行使……つまり、告る!)
 何も考えちゃいなかった。
 面倒だが説明すると、告白することで相手の意識を無理やりにでもこちらへ向けるだけだ。その時に相手の答えを求めない、というのがこの作戦の肝だそうだ。とりあえずプレゼントでも渡しておいて、軽い調子で告白するのだ。そして自分の気持ちを知ってもらった後、またいつでもいいから返事をくれと伝える。相手は自分の事を意識せずにはいられないだろう。一歩前進である。
 そんなものは星名の乙女回路を暴走させるだけとは知らず、日向はプレゼントに送るためのアクセサリーを露店で選んでいた。
 すぐに錆びてしまうだろうが、お構い無しにハートのシルバーネックレスを購入し、ジーンズのポケットに突っ込んだ。
 白い息を吐き、街路樹を歩く。
 星名は今日、学校に出る用事があるそうだが午後からの予定は空いている。遊びに出ようと既に約束は取り付けてあった。ここに準備は整う。後は実行に移すのみと思ったところで、携帯電話が着信を告げた。
 液晶ディスプレイに写る、城之崎大地の文字を見て一瞬凍りつく。
 少しだけ胸のざわめきを抑えようと、息を大きく吸って吐いた。通話ボタンを押し、電話を耳に当てる。こちらから話かける必要は無い。よほどの用件が無い限り、城之崎から連絡をすることはありえないからだ。
 予想通り、挨拶もなしに声が聞こえた。
『星名ほのかが誘拐された。お前は何かを知っているか?』
「なんだよ、いきなり。星名さんが、どうしたって。なにが、オイ」
『一から説明が必要か? 頭の回転が鈍いお前でも、コレくらいは想像がつくはずだが』
「……ベラドンナか? そうだろ? アイツがっ! ……すぐそっちに行く。先生にも言っておいてくれ」
『落ち着け。そして、最初の質問に答えろ』
「なんだよっ! 質問? 何か知ってるかって? そんなの俺が知ってるわけねえだろッ!」
『何だと。まさか、本命のお前が何も……先に巳荻で確認した時は、期待できると思ったが。異性だから警戒していた? しかし、そんな風には見えなかったが。後でもう一度巳荻に……まあいい、お前は好きにしろ』
「何ブツブツ一人で言ってやがる。分かるように説明しろよな。ったく。もういい、切るぞ」
 これ以上、城之崎と話していても埒が明かない。学校へ向けて日向は走り出した。『力場』を使用し強化された体で走りたいが、クリーチャーが現れた訳でもない。周囲に余計な混乱を招くわけには行かない。重たい足を懸命に動かし、学校への道へ進む。
 移動中も城之崎から情報を得たかったが、彼は彼でやるべきことがあるだろうから邪魔をしても悪い。自分のやるべき事は一刻も早く学校へ行き、現在の情報を得ることだ。必要があれば、教員の指示に従い誘拐犯探しに協力する。
 一度ベラドンナと交戦した日向だ。戦闘特化の能力しかないとは言え、協力を要請されることは大いに有り得る。現に日向と同じ戦闘特化の城之崎は、星名が誘拐された事を知っていた。しかし教員からの連絡が回ってこないと言うことは、日向の出番は無いのかもしれない。
 とにかく、日向は学校に最も近いルートのバス停を目指した。
 とうとうこの時が来た。初めて星名と、星名を襲うベラドンナに遭遇してから二ヶ月が経とうとしている。これまで何も挙動を見せなかったはずが、ここにきて事態が動き出した。すぐにでも星名を狙うと思っていたが、確かに厳刑体勢を敷いている状態では手を出してこないだろう。すると、学校側は星名への警備を減らすかしたのだろう。監視が居るものだからと油断していた。全ては、不用意に星名を外出に誘った自分の責任だと日向は思い知った。悔やんでも、もう遅い。
 息が切れる。『力場』を使用し人並みの速度で走ればそれで済む話だが、暴れだす力を抑制する自信が無かった。
 走り抜ける景色の中、不意に見たことのある顔が視界の端に映る。
 思わず足を止めた日向は、見たことがあるはずの男を捜した。少し離れた所を歩いている男は、すぐに見つかった。後ろを向いてはいるが先ほど見た通り、黒いスーツを着込んでおり、パーマをかけた長髪だ。
 日向は自然と男を追いかけた。こんな事をしている場合ではない。僅かな時間すら惜しいこの状況で、名前すら思い出せない知り合いを追いかける必要は無い。しかし、日向はなぜか男から視線を外せずにいる。
 追いかけなければならない、と言う勘なのだろうか。だが、なんに対しての虫の知らせなのかがハッキリしていない。ただ、自動的に男を追いかけ始めた。
 お世辞にも察しが良い方ではない、ということは日向自身が良く知っていた。ある分野で収めた経験を基にした第六感というものを体感したことはある。日向にとっては、戦闘時における第六感の働きが馴染み深い。模擬戦闘時には、視界に入らない所から来る攻撃を防ぐことがあった。それは何度となく模擬戦闘を繰り返し、様々な戦法を知り、自分が受けた攻撃という経験から無意識が推測した結果に過ぎない。
 経験が無い状態で勘は作用しない。見たことがある、程度の経験ならば日向にとって重要性は薄い。星名の事を放り出してまで、するべきことだろうか。
 そうやって何度も、追いかけるな、無視しろと繰り返し自分に言い聞かすが足は止まらない。
 男は気が付けば人気の無い方向へ進んでいく。建物の間の、路地裏へと続く道へ入り込んでいく。もうすぐ男に追いつくが、何と言って声をかけるかを日向は考えていなかった。まさかいきなり、アナタは俺の知り合いですかと訪ねるわけにもいかない。また、こちらが一方的に知っているだけかもしれない。当面は後をつけるしかないと思い、角を曲がった男を追い日向も角を曲がった。
 高架鉄道が見える、閑静な住宅街へと出た。しかし、男がいない。少し離れていたが見失うわけは無い。視界は開けており、すぐに折れるような角も無かった。
 不可解だが見失ってしまったものは仕方が無い。本来なら男を追いかける必要も無かった。ここから引き返し、すぐにバス停に向かおうと思ったが、突然、日向は『力場』を展開し異核兵装を取り出し後方へ斬り付けた。
「な―――にッ!」
 聞き覚えの無い中年男性の声と共に、視界に先ほどまで追いかけていたスーツ姿の男が映る。
 男はすぐさま『力場』を展開し、どこからともなく現れた銃で日向の剣を防いだ。男は横薙ぎの勢いに乗って後方へ飛ぶ。
 茫然自失となっているのは、最初に斬り付けた日向の方だ。
「え? ……誰だよ、アンタ」
 自分が何故、『力場』を展開し武器を取り出したのかが分からない。勘だろうかと思うが、違う。日向は今、反射的とも言えない意識も無意識も及ばない状態で剣を振るった。
 しかし不幸中の幸いだと日向は感じる。相手が『力場』を持つ異能者であることに。もし、一般人ならば確実に傷を負わせていた。一般人ならば自分が見失うはずなどないのに、的外れな事ばかりが頭を埋め、ようやく相手の手に握られた拳銃に視線が行く。
 グリップの赤いラインと、肉厚のある無骨なバレル。リボルバー式であり、全長は三百ミリほどだろうか。全体的に流線型に出来ており、大口径を支える長いバレルが拳銃と言うよりも短剣を思わせる。
「まったく、やれやれだ。今日は鋭い連中ばかりで骨が折れる。腕が鈍ったとかじゃあ無い。もう、その先読みは予知のレベルだ。いや、お前達は今を行きて、俺が過去を走ってるだけか? 笑えないジョークだ」
「何、言ってんだよ。誰だよ。なんで……」
「誰でもいいさ。というか、俺が誰か知らずに殺そうとしたのか? 何故こんな物騒な真似が出来る? 正直心当たりが多すぎるが、多少は気になる」
 男は無精髭を撫でながら聞くが、日向は返す言葉を持っていない。男を追いかけたのは気まぐれで、何も考えずになんとなく斬った、としか言いようがない。
「えっと、俺は、ただ……」
 男が無造作に引き金を絞る。寸での所を剣で防いだ。空を裂く発砲音が聞こえる。
「グッ!!」
 重く圧し掛かる銃弾にたたらを踏む。男は素早く元の道へと戻った。硝煙が風に舞い、未だ立ちすくむ日向は、ようやく男の正体を思い出した。
「アイツ……岸峰、虎太郎ッ!」
 星名と出会った直後、ベラドンナの所属を知るために見たブラックリストの中に日本人のデータがあった。教員に日本人は除外して欲しいと進言した時、データの一ページ目に記録されていた岸峰虎太郎。日向は対クリーチャー専用の隊員だ。ブラックリストを丸暗記してはいなかったが、自分も異能犯罪者の顔くらいは覚えていなければと思い記憶していた。
 元征伐自衛隊第十師団第二十三通科連隊第三普通科中隊所属。所属は一目見たが、能力を見ていなかったことに歯噛みする。まさか、偶然に異能犯罪者を発見するとは思っても見なかった。
 悔しいが、星名の件は仲間達に任せるしかないようだ。めまぐるしい状況の変化に追いつかない。頭のスイッチを強引に切り替える。
 後を追い大通りへ戻ると、岸峰がオートバイを奪い逃走している。道路には男性が一人、顔から血を吹き倒れていた。オートバイの持ち主だろう。手で顔を覆い悶えている。横たわる男性に駆け寄る人がおり、ツーリング中だったのだろうと思う。その傍には、もう一台の単車が止めてある。
「オイッ!」
 駆け寄る男性を呼び止め、学生部隊の名刺を投げ、オールドルックタイプの単車を奪い追跡を開始する。
 相手は元プロ。それも第一線でクリーチャーと戦い続け、人類とクリーチャーの戦争に多大な影響を及ぼした三重県封鎖にも参戦していたはずだ。
 三重県封鎖。人類はかろうじて市街地へのクリーチャーによる占拠を持ちこたえていた。例外として、海外のような土地が広いところでは所々クリーチャーに占拠されてしまったことはあったが、各軍隊の活躍により事なきを得ている。その中で唯一日本だけが、十年前に都市全体をクリーチャーにより蹂躙され、数ヶ月に渡り封鎖する事態に陥る。その報は全世界を震撼させた。各国とも自国を守衛するだけで手一杯だ。東洋の島国に現れた癌は、いずれ移転する。芽を摘むなら今しかないと言う状況だったが、当時の日本は征伐自衛隊の死亡率の高さ等で疲弊していた。
「ふざけんなよッ……!」
 憧れだった。
 テレビで見た、大和田正則の大演説。ほぼ全国にいる異能者の召集。離れた地域にクリーチャーが出現することがあれば、再び日本は窮地に立つ。当時の日向には理解できなかったが、ただ両親が不安げにしていることから、彼も同じく沈んだ空気に呑まれた。
 数十時間後に行われた降下作戦。四日市の開放に日本全土が沸きあがった。そして、読み上げられていく戦死者の名前。数日間に渡り繰り広げられた、人類とクリーチャーの戦争。幕が下りたのは、空が白みかけ辺りを霧が包む頃合い。
 歳を重ねていくごとに、当時を振り返るたび、同じ時代に生きる異能者たちへの羨望が強まってゆく。だが、異能者になりたいと言う度、両親は日向を叱った。
 今はもう、上手く噛み合わなくなった感情だとしても、子供のころはそう思っていたはずだ。幼い頃に夢見たものは、同じ熱量で訴えることは無い。ただ、その頃の誇りを失ってしまったとしても許せないことがあった。
 狭くなる視界と流れる景色の先、ヨーロピアンタイプのオートバイに乗った岸峰が反対車線と信号を突っ切り暴走している。
 ミラー越しに視線が合う。肩越しに銃口が向けられ、発砲を剣の腹で受け流す。クラッチを切りアクセルハンドルを絞る。
 休日の道路は少々混雑しており、岸峰は邪魔な車のタイヤを狙い自分の道を開いてゆく。充分大惨事に繋がるだろうが、まだ狙っているのがタイヤだからいい。これが、運転手や飛び出してきた歩行者だとしたら。
 障害物を避けながら進む岸峰に対して、日向は後を追う立場のため自然と距離が詰まっていく。歩道に人影が無いのを確認し乗り上げ、走行中の車の横を回り岸峰へ接近。振りかぶり、車体を傾け斬り付ける。岸峰は銃身で剣を弾き、離れ際に発砲。剣を寝かせ防御。
 数えて六発目。リボルバー式ならば、ここで弾切れ。リロードはどうする? 両手を離して弾を込めるのか? 何かアクロバティックな方法でも? いずれにせよ、リロード時は攻撃の好機。逃すわけにはいかないが、しばらく走っても動きが無いため接近を試みる。
 全身に響くエグゾースト。『力場』で強化された身体に唸り声が伝播する。
 岸峰の右側から近づき、左手と上体を捻り、右薙ぎの一刀。銃身で弾き返され、剣を引き戻し斬りかかる。相手は弾切れ、力任せに強攻。突きを銃身で押しのけられ、腕を引き、顔を狙う切り上げ。上体を逸らされ、剣が空を斬る。腕を回し逆袈裟。銃身で防がれ、後方へ流れる剣。引き戻し右切り上げ。甲高い音と共に鋼がぶつかり合う。
「もう無駄な事はやめろっ! ここまで暴れて、捕まらないと思ってんのかよっ!」
「そう言うな、こっちはこっちで色々と試しているんだ。付き合えよ、少年」
「何をだっ! こんなことしてッ! 英雄達の顔に泥を塗るなッ!」
「英雄? ああ、三重の奪還か。何が英雄なんだ。俺達はただの駒でしかないぞ。変な理想を植えつけるのはやめておけ」
「それでもッ! みんな希望が持てたんだッ! あんた達が居たから、今もこの国が続いてる。あんた達に憧れて、戦おうって決めた奴だって多いんだッ!」
「ああ、なるほど。多くの人に夢と希望を与えたから、俺達には何も無くなったのか。……よし、今すぐ返せ」
 小刻みにせり合う銃身が寝かせられ、銃口が向けられる。刺す様なプレッシャーと共に銃弾が日向を襲う。
 体を倒し避け剣を振るう。車体が離れ、続けざまに三発のマズルフラッシュ。剣で防ぐが大きく車体が揺れる。
「まあ他人の糞を食って出した糞なんて、食いたくは無いんだがな」
 弾切れを起こしてから一度も目を離していなかった。弾丸の精製が岸峰の能力なのだろう。
「腹を掻っ捌いても消化されているんだろうな。ドレインされたモノじゃ、劣化してしまう。上手い事やって、栄養素だけを抽出する仕組みなんてものを探していたから自然とこうなったんだろうな」
 威嚇なのか嘲りなのか、出鱈目に岸峰が発砲を続ける。
「何言ってんのか分かんねぇけどッ! これ以上、侮辱すんじゃねぇッ!」
「おいおい、なんだ。英雄は英雄らしく死んでろとでも言うつもりか? それにだ、皆が皆、十年前の戦争に参加した誇りを大事に抱えているとでも思っているのか。糞を垂れながら震えて隠れていた奴が、戦場から帰還してヤクに溺れた。クリーチャーに囲まれ逃げ延びた奴は、その場で自害した。お尋ね者になるくらい別に構いやしないじゃないか」
 銃弾の雨を潜りながら大型トラックの陰に隠れる。これまで岸峰は日向の右側をキープしている。左手でしか武器を持てないのだから、当然と言える。アクセルワークの錬度や追跡する立場を鑑みても、有利なポジショニングは取り辛い。
 トラックを追い越し、岸峰と再び相間見える。接近し、剣を車体中央で放し、右手で剣を持ち換える。左手でアクセルを絞り斬撃を放つ。利き手により威力の上がった連撃を、難なく岸峰に受け流された。
 頬を掠める銃弾。届かない斬撃。
 視界の端、正面に歩行者の影。急ぎ車体を傾け避ける。剣を持ち替えバランスを取る。すれ違いに耳を劈く悲鳴を聞き、倒れかけるマシンを戻す。
 道路の先に見える緩いカーブ。歩道に乗り上げ、ショートカットするためコンビニの駐車場を突っ切り、フェンスを剣で破壊。破片を全身に浴びながらハンドルを絞り加速する。
 建物の影から飛び出た先に奔る岸峰のオートバイ。横合いからの刺突。激突する鋼。下から銃身で剣を持ち上げられ、迫り合いにもつれ込まれた。痺れを伝える腕と唸りを上げるマシンを押し込み、車体ごと回転する両者。深く傾き火花が散る。皺を目立たせ岸峰が嗤った。銃身に弾かれ、バランスを崩した日向の車体だけが回る。
 舌打ちを一つ。体勢を整え追跡を再開。反対車線から来る車を次々避ける岸峰。交差点を曲がり、見える下り坂。
 日向は道路左脇に立ててある標識をすれ違い様に切断し、瞬時に剣を仕舞い標識を手に取った。
 前方へ標識を投擲する。道路へと転がった標識へ向け、加速。フロントサスペンションに体重をかけ、勢いよく後方へ引き、アクセルを開ける。上体が浮いたマシンは標識を後輪で踏みつけ、飛んだ。
 飛び上がるオートバイの先、空の車載車が走る。下り坂とフロントアップからの飛行。距離は稼げているはずだがしかし、車載車テールゲートの中心にある隙間はきわどい。汗が滲む掌。不安を彩る浮遊感。重力が手招きをし、車体が吸い寄せられてゆく。
「いっけッ!」
 全身でゲートの気流を受け、潜った。身体を襲う着地の加重。車載車のレールを踏みつけ駆け上がり、飛翔した。
 岸峰へ向け急落。上空からの接近に気がついた岸峰が顔を上げ、落下の射線から退く。追う様に剣を振りかざし叩き斬る。銃身で受けた岸峰は車体を倒し逃げた。着地の衝撃に身体が揺れ、銃弾が襲い掛かる。
 強引に車体を寄せ追撃。弾丸の群れを弾き反撃。走る剣線は銃身に衝突。銃身に止められた剣に力を込める。剣を受け止めていたため前方を向いていた岸峰の銃口が、突然火を噴いた。剣が弾かれ、離れる岸峰。そして前方から、タイヤを打ち抜かれた車が日向を目掛けて迫った。
 車体を倒し、タイヤを撃ち抜かれた車を回避した先には、長い直線。車は少なく岸峰との差が開いてゆく。
 岸峰の真後ろにつき空気抵抗の陰に隠れる。徐々に近づき、真空にマシンが引っ張られ加速。
 正面に左への急なカーブが見える。岸峰はスピードを落とすことなくカーブのインへ入る。その速度ではドリフトせざるをえない。故に速度が落ち、追いつき攻撃する好機。日向は速度を落とし、フロントタイヤに体重移動をかけ、リーンウィズからハングオフ。コーナリングの速度を上げる。
 カーブに迫る岸峰はまだ車体を倒さず、突如、左への曲線に対し右へマシンを倒した。同時に突き出される岸峰の右足がコンクリートを踏み砕き、ブレーキングを効かせる。強引に車体を百八十度回転させ、岸峰の開いた上体が銃を持つ腕を引き寄せる。
 深くバンクし遠心力と重力に引かれながらカーブを走る日向に、銃口が向けられる。
 深い皺を目立たせた岸峰が嗤い、奔るマズルフラッシュ。剣を振り防ぎ、車体と胸への弾丸は弾いたが、肩口の肉を抉られた。
「がッ! ……つゥ」
 ジャケットに広がる血液。焼ける様な痛みに歯を食いしばる。岸峰を追い抜き立場が逆転する。三百六十度回転した岸峰が日向を追いかける。
 後方から放たれる銃弾。ミラーが破壊され、マフラーが削られ、ハンドルを持つ右手を銃弾が掠める。
 現状では何も出来ず、ただの的になってしまう。こちらもマシンを倒し逆走することを決めた。ロスはするだろうが、追いつけないほどではないはずだ。
 岸峰の動きを確認しつつ機を窺っていた、その時に正面へ影が下りた。視界に飛び込む黒い衣服。後方へと向けていた顔を引き戻した。
 日向の右手を踏みつけ、ハンドルを足場に―――
「はぁい、驚いた? 私もよ」
 ―――ベラドンナが立っていた。
 閃くレイピアを咄嗟に剣で防ぐが、肩口に押し当てられた刃は深く肉を裂いた。鮮血がほとばしり、風に乗り飛び散る。上体を逸らし逃げようとするが、踏まれて塞がった右手とレイピアに押し込まれた左手を動かす事が出来ず、成す術がない。
「なんでッ……お前がここに……ッ!」
 額から吹き出る汗が目に入る。限界まで粘っていた日向だが、傷から入り込むベラドンナの毒素によって徐々に視界が落ちてゆく。細胞が悲鳴を上げ、侵入を許した異物に全身が脅えた。
 急激な疲労に抗い、防戦を続けながらも崩れかけた日向。その脇腹に突如焼け付くような痛みが宿り、身体を揺さぶった。
 いつの間にか並走していた岸峰。向けられた銃口から流れる硝煙。視界が薄く暗転し、消えかかる意識。それを呼び戻すように、日向の体内に入り込んだ銃弾が、爆発した。
「うあ"あああああッ!!」
 焼け、飛び散る肉片。焦げた脇腹から吹き出る血煙。虚脱感を塗りつぶす激痛が手放しかけた五感に点火される。抵抗を失った剣を押しのけ、入り込んでくるレイピア。
「今度はホントに、さよならかもね」
 日向の穿たれた脇腹を、ベラドンナが蹴り上げた。身体が曲がり宙を舞う。ダメージの蓄積により『力場』と剣が掻き消え、時速二百キロの大気から生身で投げ出される。
 薄れ行く視界。人形のように振り回される首、手足。重力に引かれ、堕ちて行く身体。全身に受ける風圧が遠く、視界を埋める深い青空。
「日向あああぁぁぁ―――!!」
 どこかで聞いた声。巳荻百花。何故ここにいるのか、という疑問も思い浮かばない。飛び込んできた巳荻が日向の頭部を抱きしめ浮遊落下する先に、車体の影。日向を抱いた巳荻は後続車のボンネットに激突。歪に曲がるボンネット。衝撃と、傍から聞こえる小さな悲鳴。静まらない速度を一身に受け、高くバウンド。
 再び中空へと投げ出されて回る景色。二人を包むように血の飛沫が舞う。成すがままに、どこへも抵抗できない身体が沈んでゆく。
 より一層力を込める巳荻の腕に抱かれ、地面へと衝突した。


■    ■    ■


 不可解な事がある。少し頭を捻れば、すぐに解答を手繰り寄せることが出来そうなことなのに、ほんの少しが追いつかない。多少の興奮した身体が思考を妨げていた。
 火照った頬を撫でる二月の冷たい風があまりに気持ち良くて、些細な問題で悩んでいると思うと馬鹿馬鹿しくなってくる。
 前方を走る岸峰虎太郎とミラー越しに視線が合う。ウインクを飛ばすと、不愉快そうな顔をされてしまった。失礼な人だ、とベラドンナは眉を寄せる。
 後方から、少女の叫び声と何かがひしゃげる音。ミラーで確認しようと思ったが、このオートバイにソンナ安全確認は不要、と主張するように何も付いていなかった。
「もしかして、ブレーキも無いのかしら。……あっても壊しましょう。似合わないわ、この子には。そう思わない?」
 左手に抱えた、スーツケースの中へ問いかける。
 大好きなお菓子を貰った幼子のように、胸が弾む。故郷で食べたフォレ・ノワールの、キルシェ風シロップが堪らなく好きだったことを思い出していた。
「ああ、きんつば食べたいわね」うっかり日本に馴染んでしまっていた。「つぶあんこそ、至高」
 そんな事を考えていた所為だろう。ベラドンナは反応に遅れてしまった。高架にあるモノレールの線路から降り注ぐガラス片。そして、小さな黒い物体。
 閃光手榴弾。
 辺りが光りと爆音に包まれ前後不覚に陥る。そして、何も分からない白い世界で一筋の熱量を感じる。迷うことなくベラドンナに向けられた殺気が突風のようで、少しだけ慌てた。
 しかし、こんな所で下手な怪我を負うとロミオが心配してしまうとベラドンナは考える。多分ロミオは、今頃平然と光と爆音を防ぎ逃げようとしているだろうが。
 オートバイから飛び降りると同時に、歪にマシンが潰される気配。地面に着地し、頭を振る。
「ああ、お耳が痛いわ。お目々も痛いわ」
 容赦なく追撃が加えられる。気配だけを頼りにレイピア取り出し弾く。随分と質量が大きい。太刀筋も洗礼されており、すでにプロの自衛隊が出て来たのかと疑う。
「プロじゃない自衛隊って、何?」
 強化された耐性が、音と光りを正常に届け始める。薄らぼんやりとした視界の向こう側に、長身の男が立っていた。
「学生部隊のことだろう?」
 独り言への返答だろうか。先程の前髪が切り揃えられた少女といい、どうして日本人はこんなに律儀なのだろう。
「見たことがあるわね、アナタ。星名ほのかや少年と一緒にいた……確か、キノサキでよかったかしら」
 逆立てた短髪に顎のしっかりとした輪郭。手にはハルバートを持ち、何を考えているのかさっぱり分からない顔をしていた。
「私に言われちゃお終いよ?」
「それは、まず自己紹介をしろ、ということか?」
 幾分怪訝な顔をされてしまう。思った事を口に出す癖を、何とかしなければならないと硬く決意した。
「でも、そんな硬くならなくてもねぇ」
「フランクに自己紹介をしろ、ということか?」
 銃弾が視界の端を横切り、キノサキが戦斧で防ぐ。ゆったりとした歩調で、ロミオがやってきていた。
「貴様は……見たことがあるな」
「岸峰だ。よろしく。名刺は無いが、ブラックリストを見てくれたら構わない」
 どうして日本人はこんなに律儀なのだろう。
「えぇと……ベラドンナさんじゅうはっさいです。よろピコ」
 銃声。振るわれる戦斧。
「若い男に見栄を張るクセを何とかしなければー」
 魂の叫びと同時にスーツケースを放り出し、斬りかかる。
 岸峰の銃弾の雨を、まるで吹き飛ばすかのごとく戦斧が嵐のような唸りをあげる。大振りだが迅速な捌き方。レイピアを差し入れるが、あっけなく弾かれる。手に宿る甘い痺れに、口角が持ち上がった。
 キノサキも岸峰も動こうとせず、その場に立ち竦み攻防を繰り広げている。やはり、遮蔽物も無く小回りが利かない戦斧を使用しているため銃弾を満足に防ぎきれていないのかも知れない。
 そしてキノサキが、こちらへ突進してきた。応戦するためレイピアを振るう。降りかかる戦斧を横に去なし反撃を試みるが、キノサキはリーチの長さを利用して半歩下がる。再び岸峰の銃弾を捌く作業にキノサキは戻った。
 ほんの僅かな攻防で、岸峰が六発を撃ちつくした後に一瞬ではあるが隙を作る事を見過ごさなかった。一見無限に見える岸峰の銃弾も無制限ではない。全弾を撃ち終わった後、リロードとして一瞬の溜めが必要だ。もちろん、岸峰も六発ごとに撃ちつくすような真似はしていない。緩急と発砲数にも気を配っていたはずにも関わらず、キノサキは僅かな時間で見抜いた。
 岸峰はジリジリと間合いを移動しながら、一発一発慎重にキノサキを狙う。
 残り三発。二発。
 岸峰が撃ち終わった後、キノサキは再び動き出すだろう。完全な防御に回っていれば、岸峰とベラドンナの両者を相手に立ち回れるキノサキの唯一の攻撃のチャンス。狙わないはずは無い。
 それはこちらも同じ。
 最後の一発が放たれると同時に斬りかかる、はずが、先に動いたのはキノサキだ。
 銃弾がキノサキに迫る。回避不可能のコースを直進し、ベラドンナへと踏み込む。弾丸がキノサキに着弾する寸前、炎が爆ぜた。岸峰の能力ではない。キノサキの周囲を熱風が舞い、銃弾が弾かれた。
 肌を焼く熱量に呼吸が止まる。踏み込むキノサキは戦斧でベラドンナを薙いだ。レイピアでまともに受け止めるが、勢いに身体が弾き飛ばされる。
 周囲に熱風の障壁を発生させる、キノサキの能力。
「そういえば、最初に会った時も使っていたわよね」
 ベラドンナとは相性が悪く、一人で勝つためには多少の犠牲を払わなければならないだろう。しかし、現状は二対一。勝機は十二分だ。
「殺気の少女もそうだけれど、学生部隊って少年のような雑魚ばかりじゃないのね」
「さっき、の発音が怪しいな。日本は長くないのか?」
 まるで近所に話しかけるような会話と、肌を刺す重圧感。
 次はこちらから動こう。あまり長居もしていられない。踏み込み、刺突を放つ。辺りを熱風が包みキノサキが戦斧を豪速で振るう。心地よく舞い上がる熱量を、弾む指先で冒しにゆく。
 同時に、視界に映る岸峰がベラドンナへ銃口を向け、その引き金を引いた。
 なぜ、という同胞に対する疑問は次の瞬間、己の失態に繋がる。


■    ■    ■


 逆手に持った剣を、空へ掲げる。
 垂れ下がった左腕。
 血を流し続ける身体。悲鳴を上げる脳内信号。
 道路の中心でただ一人、標的を補足。
 ズボンが血で汚れないように、身体を傾けた。
(渡さないと……渡さないと……)
 状況判断は二の次。己のすべきことは一。思考を削ぐ。
 息を止めた。
 剣へ『力場』の管を接続。
 ラインを満たす異能を圧入。
 テイクバック。重心移動。下方修正。
 速度を上げる心臓とは別に、異核が酷く冷える。
 侵され堕ちる瞼。舌先を噛み千切り意識を継続。
「"討ち"……」
 動きだした影を追い、躍動。
 剣に波が満ち溢れ―――
「貫けえええぇぇぇッ!!」
 ―――投擲。


■    ■    ■


 銃弾がベラドンナの首の薄皮を掠め取り通過。飛行する物体に着弾、爆破。岸峰の銃弾を警戒していたキノサキが瞠目し動きが止まる。煙を裂き飛来する剣。岸峰がベラドンナを抱き止め、その肩口に剣が刺さる。銃口をキノサキへ向け、シリンダーの残弾を撃ち込み爆破。
 崩れ落ちた岸峰は、即座に剣を引き抜く。出血の事よりも、その剣に触れ続ける事の方が危険だ。
 そして視界の端、スーツケースを―――
「ほのかは、返して貰うわよ」
 息を切らした、黒髪の少女が抱えていた。
 気配の索敵外からの、超遠距離攻撃。飛来する剣を視認した岸峰だけが強襲に対応できた。そして『力場』の気配を殺し、血に染まった足でここまで走りぬいた少女。
 爆風から逃れたキノサキが下がり、少女の横に並ぶ。
「日向に驚かされる日が来ようとは、夢にも思わなかったな。今のは良くやった、手間が省ける」
 キノサキは肩から血を流し腕が下がっている。岸峰が能力を使い、障壁を破った瞬間に銃弾を叩き込んだのだろう。
「それは、いいんだけどさ。城之崎、来るの早くない?」
「電話を入れたときには、お前を追って動いていた。ああ、仕事の心配なら不要だ。シフトを変わってもらっていてな。今日の俺は休暇中だ」
「バイトかウチらの仕事は」
「ねえ、もういいかしら」
 ベラドンナの声に、キノサキが血に濡れた腕を上げ戦斧を構えた。
「巳荻、お前は退け。死にぞこないと、そこの女なら俺一人でも援軍が来るまでには充分だ」
「あんまり無理しないでよ。珍しく城之崎が日向のこと褒めてたって、二人の目の前で言いたいんだから」
 ミオギと呼ばれた少女が駆け出す。与えた毒の影響で戦闘は流石に不可能だろう。しかし、走れるまでに至った回復力は大したものだと、どこかぼんやりとした頭で考えていた。
「充分? 何が充分なのかしら。アナタも、援護にやってくる人間も、あの少年も少女も皆殺しよ? もう、手心を加える必要も無いしね」
「それは、星名ほのかが居なくなったからか?」
 不意打ち気味に考えている事が読まれ、キノサキに少し興味が沸いてしまった。どこまで知っているのだろう。何を知っているのだろう。ベラドンナは疑問に身を委ねていると、隣で岸峰が立ち上がる気配がした。
「まったく。自業自得と言えば自業自得なんだが。あの学生部隊の少年は連れてくるべきじゃ無かったな」
 確かに、岸峰の能力を使用しオートバイを破壊すれば済んだ話でもある。
「お前に足を届けようと思ってな」
 平然とした表情で喋ってはいるが、玉のような汗が止まっていない。"討つ"という概念は、確実に岸峰を蝕んでいる。少年と初めて遭遇した時は、彼には迷いが見て取れた。攻撃された時も大した威力ではなかったが、今回は決死の覚悟だったのだろう。出力が以前を上回っている。
「気遣いだなんて気持ちが悪いわ、コタロー。でも、何故コタローはあんな少年に見つかったのかしら」
「それを言うなら、なんでお前はさっきの少女に見つかったんだ?」
 殺気を放つミオギに見つかったとき、岸峰と連絡を取り合っていた。同時に、岸峰も誰かに後を着けられていたと言っていた。そして、ミオギにイヤフォンを切断され、連絡が途絶えたベラドンナを援護しようと岸峰がやってきたのだろう。他にも、"確認"するために少年を連れてきたかったのかもしれない。
「一番の疑問だな。少年は俺の素性を知らず、警戒もせず、呑気に後をついてきた。そしてお前も見つかっている。コレは偶然か? いや、タネも仕掛けもある」
「星名ほのかだ」
 短くキノサキが告げ、岸峰も頷いた。そう考えるのが妥当だと、この場に居る三人が結論付けた。
 星名ほのかの能力の詳細は誘拐実行犯の岸峰から聞いており、初めて遭遇した時にもおおよその見当はついている。恐らく、ミオギとヒナタに意識の矯正が仕掛けられていた。己の身に危機が迫ったとき、救いの手を差し伸べそうな人間を標的にして。
「俺も、ここまで上手くいくとは思わなかった」キノサキが不適に笑う。「星名が他人に干渉する能力を持っているだろうという事は予想がついた。そして、脅しをかけておけば何かしらの防衛網を張るのではないのかとな。現に、巳荻は論拠の薄い目的地を選び、日向もここへやってきた」
「やはり少年は星名の関係者か。するとアレか? これは君が仕組んだことだと。星名ほのかを守るためか? ここで呑気に喋っているところを見ると、どうやら違うようだが」
「好奇心だな。星名が何者なのか、お前達が何者なのか。そこでまず、聞きたいことがある」
 先ほどの一言で多少キノサキのことは気になっているため、ベラドンナは口を開いた。
「あら、何かしら」
「そうだな。まずは確認だ。貴様の能力。恐らく、クリーチャーを操作するのが本来の能力だろう。そして副産物として人間に使用、または毒が薄い状態だと対象を酩酊させる効果を持つ、と言うことで構わないな」
 異能を知るものなら、少し考えれば分かるだろう。相手に毒を与える能力と、クリーチャーを呼び出す能力。二つも異能を持つ人間など聞いたことが無い。複数の能力があるとしても、それらは岸峰のように弾丸の精製と弾丸の爆破という一見二つの能力に見え、実際は爆破できる弾丸の精製、と言うひとつの能力に過ぎない。ヒナタとミオギを体調不良に追いやった異能と、クリーチャーを呼び出せる能力。この二つは一つの能力から派生しているに過ぎない。
「そこで一つ疑問が出てくる。なぜ、貴様は十二月にクリーチャーを呼び出し、騒ぎを起こしただけで逃げたのか。リスクしか伴わない、この行為には一体何があるのか。そこで出てくるのが星名だ。貴様はクリーチャーを呼ぶと言う能力を持っているにも関わらず、他人に干渉する程度の能力を持つ星名を狙った。詳細は知らんが、星名の能力というのは、実は貴様よりも上位の支配権を持つのではないか? だからこそ、星名が傍に居る状態でクリーチャーを呼び出すことを躊躇った。十二月の事件は、星名に支配権を奪われ暴走した結果か。そして今回の誘拐だ。星名を殺害するものだとばかり思っていたが、蓋を開ければまだ何もしていない。ただ攫っただけ。一体、何がしたいんだ?」
「そこまで分かってて、こんな所でアナタは何がしたいのかしら。私たちを捕まえれば済む話でじゃない?」
「それが出来ないのは貴様が一番知っているだろう。だからここで、こうして聞いている。まあ、素直に答えるとは思っては無いが」
 呆れるように吐き捨てた。男が拗ねる姿には、妙にそそる物がある。
「俺はクリーチャーと言うものが知りたい。貴様は今、誰よりもクリーチャーに近い位置に居る。そんな貴様が狙う星名を置いておけば、何かが分かるはずだ。なぜクリーチャーというものが存在するのか。人類を滅ぼしたいのか。ならば何故、異能者が生まれた。旧人類を滅ぼし、異能者という新人類を残す進化の過程なのか。それならば構わない。だが、誰も何も知らない。クリーチャーが、異能者が存在していることの意味を」
「そんなこと言い出したら、なぜ人は生きているのだろう、だなんて事も考えなくちゃいけなくなるわよ? 大変ね。若人は」
「それとこれは別問題だろう。いい加減な事ばかりを言う」
「まあそうねぇ。じゃあ、そこまで言ってくれたのだから、こっちもサービスで教えてあげましょうか。私が星名ほのかを狙うのは、アナタと同じ。クリーチャーの事が知りたいからよ。単に、ただ、知りたいだけ」
 随分と残念そうな顔をされてしまう。もっと、別の何かをキノサキは期待していたのだろうか。
「それで、目的が同じお前達は手でも組むのか? 俺は別に構わないけどな」
 ベラドンナがキノサキへ興味を持っている事を鑑みて、岸峰が無精髭を撫でながら二人へ問いかける。構わないとは言っているが、不安要素が多すぎて保留にするべきだと言外に伝えている。
 キノサキを見るが、やはりこちらも同じようで渋面を浮かべている。
「断る。俺は俺のやり方で、クリーチャーの真実へ辿り着く。お前達は貴重な情報源だ。好きに動いて構わないが、俺の邪魔はするな」
「あら、好き勝手言われちゃったわよ。言い返しなさい、コタロー」
「そうだな、今日は退散だ」
 仕方の無い事とは言え、覇気の無い相方に肩を落とす。このまま戦闘を続行しても騒ぎばかりが大きくなり、余裕のある状態で星名ほのかに接触出来るとは思わない。それを見越して、キノサキも平然と会話をしていたのだろう。ベラドンナの機嫌を損ねないという前提条件はあったが、概ね彼の狙い通りの展開と言える。
 三者とも異核兵装を仕舞い、各々の道へ帰る。充分すぎるほど目立ってしまっており、キノサキが援護を呼んでいるのも嘘ではないだろうから、この場より逃げる算段を頭の中で整えていた。
 白い息を吐き、空を見上げる。空港の目の前だと言うのに、飛行機が一機も飛んでいないことが少々残念だった。
 横に並ぶ岸峰が訝しげに、「楽しいのか?」とベラドンナに告げた。そんな表情をしていたのだろうかと不思議に思う。確かに、星名ほのかを発見してから十年以上彷徨い続けた問いの答えに、ようやく辿り着けそうな予感に胸が震えている。
 機嫌が良かった所為だろうか、少し土産を渡したくなり、ベラドンナは振り返った。
「最後に教えてあげるわ、キノサキ! 星名ほのかは、特殊な能力を持っているだけじゃない。もっと、根源的なものに近いのよ」

あきねずみ

Author:あきねずみ

セルフ 貴子同盟

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