鼠の騙し討ち

太刀打できますん

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 レストランを出ると、アトラクションから電子ピアノの音楽が聞こえる。濡れたタイルを踏み、薄い灰色を引いた空を見上げた。
 午前中は空模様が愚図ついたため、日向達はすぐに遊園地へは向かわずショッピングモールを散策していた。雲が薄くなったころ、巳荻百花が遊園地に入り早目の昼食にしようと提案した。
 レストランを出て、先頭を歩く巳荻が振り返る。
「さって、何から乗ろっか」
 待ちきれない様子で、アトラクションのチケットをヒラつかせている。
 今日の巳荻はファーつきのジャケットと、タートルネックのロングTシャツ。上に黒を基調とした花柄キャミソールと深緑のチェックのスカート。脛まであるレギンスと、足元は動きやすそうなシューズを履いている。
「やっぱり最初は、ジェットコースターからじゃないか?」
 クラスメイトの柏原が言い、非戦クラスの女子達も賛同した。
 今日は非戦クラスと巳荻を含めた女子四名と、戦闘クラスの日向を含む男子が四名の計八人で遊びに来ていた。
 ウィンドウショッピングを始めたときから、クラスの男子が非戦クラスの女子に積極的に話しかけている。非戦クラスの女子は戦闘クラスを毛嫌いしているが、彼女達は休日という開放感からか楽しそうに戦闘クラスの男子と話している。
 その中で星名ほのかが一人、珍しそうにあたりを見渡していた。
「ほら、行こうぜ、星名さん」
 日向が声をかけると、にこりと笑ってこちらを向いた。昨日買ってきたのだろう、星名は愛おしい人に包まれるような表情でピンクのコートを大事に着込んでいた。コートの下は、ニットワンピースにフリルショートパンツ。茶色のブーツからはニーソックスが伸びている。
「あ、待って。……それにしても人がいっぱいだね。乗り物もキラキラしてて大きいし、なんだか目が回っちゃいそう」
「まあ休日だし。こういった所で、逆に閑散としてても盛り上がんないだろ」
「そうなのかな。人が居ないほうが、乗り放題で楽しそうだよ? 迷子にならないで済むし」
「でも休日に人が居ないって事は、つまりここは面白く無いってことだぞ。やっぱ活気あるほうがいいんじゃないか」
「そっか。なんだか寂しそうだもんね」
「にしても、遊園地なんて久しぶりだな。小学生の時以来かも。星名さんはよく来るの?」
「ん、初めてだよ。だから、凄くワクワクしてるの。一度来てみたかったから」
 微かな違和感。一度も遊園地に来たことが無いと言う星名。誰しも、子供のころに一度くらいは親に連れて行って貰えるものだと思っていた。子供を遊びに連れて行くのは、子供を作り養う親の責任のはずだと日向は思う。
「そうなんだ。じゃあ、実際目が回るのはこれからだから、楽しみにしてなよ」
 何か事情があるのだろうかと邪推するが、デリケートな部分に触れて不快感を募らせるのも悪い。
「うぅ、でもジェットコースターとか絶叫系は怖そう。ゆっくりできる乗り物がいいなぁ」
 不安そうにしながらも、楽し気に話す星名の姿は遊園地に溶け込んでいる。まだ何も乗った訳でははいないが、期待に頬が緩んでいた。周りに居る友人達も同じだ。
 それが少し、理解し辛い。
 何が楽しいのだろう。女の子と話せるから、乗り物が好きだから、みんなといるから。一つ一つ認識はできていても、実感が沸かず、記号が上手く連続しない。パズルの柄は正確に並べることが出来ているはずだが、ピースがはまることは無い。
 周囲にいる人々は、記号を上手く並べているから、今もこうして笑っているのだろう。だから、真似をしなくてはならない。正しい形を取るために。ある反応に対して、特定の符号を持って返さなくてはならない。欠片だけは手元にあるのだから、上手に並べて関係性を象らなければならない。下手に嵌るピースを並べたところで、模様も違えば他の欠片ともかみ合わなくなる。強く自分を律する。そうしなければ、この食い違った感情に気がつかなくなってしまう。本当に恐ろしいのは、食い違いが馴染んでしまった先に、知らない間にここから落ちて、惨めな残骸を晒す事だ。
 いつのころからだろう。子供のころは、こんなことは考えなくてもよかったはずだ。だだ純粋に見るもの聞くものを受け止めることが出来た。あるいは、受け止めることしか出来なかったのか。これが成長か退化か判断がつかない。
 子供を作った親の義務。親の支援に応える子供の務め。他人に関わった責任。関わらなかった負い目。難しい事は分からないから、利害に置き換えて関係を整えてみる。そうすれば、体裁だけでも取り繕えるはずだ。
 気がつけばジェットコースターの乗り口まで来ていた。休日という事もあって、ある程度は行列が出来ている。十分から十五分ほど並ばなくてはならないようだった。
「ふぁ、すごい。グルグル回ってる。速ぁい」
 動いているジェットコースターを眺め、呟く星名の肩を叩く。
「星名さん、まずあっちに行かないと」
 乗り口横を指差し促してみる。得体の知れないキャラクターが手を上げ、"このアトラクションは、身長120センチ以下の方はご利用できません"という吹き出しがあり、横には身長を測るメモリが描かれている。
「あ、そうだったね。うっかりしてた。じゃあ、ちょっと行って来るね! ってなんでやねん!」
 星名は満面の笑みだが、星名以外の全員が「この子、こんな子なんだ。へぇ」みたいな顔。
 ぶっちゃけ割と展開し辛い。
「ちょっと待った」巳荻が割ってはいる。まごうことなき勇者である。「いい、ほのか。何でもかんでもノリツッコミを使えば良いってものじゃないの。そもそもノリツッコミというものはね、ノった後に一つ笑いを取らなければいけないの。頷くだけなら誰だって出来る。熟練者でも怪我をするノリツッコミ。下手に素人が手を出すと、火傷するわよ」
 巳荻の視線が鋭くなっていた。あれはどこぞのプロ野球の監督が新人を厳しく見守る目か、または呑みながらプロ野球を見ているオッサンの目だ。つまり巳荻はオッサンだ。
「お前のお笑いに対する情熱なんてどうでもいいんだよ。しまっとけって」
「ごめんなさい。昨日テレビで見て面白そうだったから」
 素朴さが素敵だ、と日向は何故か頷いていた。


■    ■    ■


 一歩踏み出すと、空洞のある鉄を叩いたような音が大きく響いた。
「きゃあッ!」
 腕にしがみついてくる星名に驚いたものの、平静を装い星名をなだめることに意識を注いだ。
 薄暗い通路に居るのは星名と日向の二人だけ。頭上からは低い唸り声のBGMが流れ、薄緑にライトアップされた生首がこちらを見ていた。
 お化け屋敷に入る前に巳荻が言い出したのだ。ペアでここを周ろうと。そしてペアを決めるグーパーでは悲惨なことに男子同士のペアが生まれた。もちろん女子同士のペアも生まれたのだが、女子二人は楽しそうにはしゃいでいた。しかし、男子同士はまるで通夜のような表情で肩を落とし、お化け屋敷へと入場していった。
(巳荻も、もうちょっと考えてくれたら良いのに。だがお前達の無念、俺が晴らしてやるぜ……!)
 星名とペアになれた日向は能天気なものだった。
 気がつけば、日向は星名の事ばかり目で追っている。
 箸やシャープペンシルを持つときは、下のほうを持っていた。歩く時は、いつも誰かの一歩後ろ。癖毛が気になるのか、よく自分の髪を触る。話すときは、常に相手の目を見つめながら。
 短い付き合いだが、これだけ他人のことを見ているのは初めてだった。
 星名の表情が変わるたび、声が聞こえるたび、鼻先を甘い香りが掠めるたび、チグハグだったピースが音を立てて在るべき場所に収まってゆく。彼女と居る時だけ、違和感の無い形を自然に取ることが出来るのだと実感する。
 腕にしがみついていた細い手が、日向の手に降りて来た。
「ねえねえ、ほら、早く行こう。ね?」
「慌てんなって。暗くて危ないからゆっくり行こう。な?」
 何か言いたげな星名の顔が日向を見上げる。驚くほど白い肌が、薄いライトの光を反射して月のように浮かび上がっていた。
 繋がれた手が少し汗ばんできた。日向は手を放そうとするのだが、星名は気にせず強く手を握ったままだった。胸の高鳴りを取り繕うための表情の裏に、焦りと少しの安心感。お化け屋敷を出るときまで、二人は手を繋いだままだった。


「あれ、みんな居ねーな」
 先にお化け屋敷を出たはずの友人達が一人も居らず、日向と星名は立ち尽くしてしまう。
「見えるところには居ないみたい。どこ行っちゃったんだろ」
「置いてけぼりなんて薄情な連中だな。ん、と。あ、ダメだ。携帯も切ってる。そんなことでいーのか学生部隊」
「ねえ、まだ後から藤原さんと柏木くんが出てくるけど……どうしよっか?」
 はにかみながら日向を見上げる星名。問いかけの答えなんて一つしかないと言うのに。
「じゃあ……俺達も先に行こうか」
 何とも思っていない風を装い、出来るだけ自然に言ったつもりだが、こちらの意図は見抜かれているだろう。星名の、日向に見せる何気ない仕草の意味も分かっているつもりだ。
「薄情だね、日向くんも」
 からかうように星名が呟く。
「そんなこと無いって。知ってる? 柏原は藤原さんが気になってんだよ。だから俺達が居ちゃまずいわけ」
「そうなんだ。じゃあ二人の邪魔をしちゃう前に、ここを離れなくっちゃね」
(これで勘違いだったら、ダッセーよな)
 情けない考えに顔をしかめながら歩き出す。
 少し遠いところから嬌声が聞こえる。見れば、先程乗った舟の乗り物が大きく揺れているところだ。あれ程の巨大な物が大きく揺れ動いているのはなかなか迫力がある。振り子の頂点に達した時の一瞬の浮遊感と、後に来る内臓を持っていかれるような落下する遠心力。この後に一回転が待っているだろうから、悲鳴はさらに大きくなるだろう。
「でっけーブランコだなぁ」
 そして気がついた。友人達にただ付いて来ただけの日向は案内板やパンフレットすらまともに見ておらず、どこに何があるのか分かっていない。適当に目に付いたアトラクションから遊んでいこうかと思うが、折角二人きりで周るのだから彼女が好みそうな場所がよかった。ろくに事前調査もしていない日向はどこへ行こうかと悩うだけだった。だが、先程から星名の足取りは迷うことなく進んでいる。二股に分かれる道でも日向は辺りを見渡すが、星名の足は止まることが無かった。
「なあ、どっか行きたいとこでもあるの?」
「え、うん。ちょっと気になってるところがあって。……あ、見えたよ」
 星名が指差した方を見ると、反り返った屋根の下を装飾されたソリや馬がゆっくりと回っている。小さな子供が母親と馬に乗り、外に居る父親に手を振り、父親が構えたカメラのシャッターが下りる。
「ほ、星名さん……まさ、か……」
 軋みを上げそうな首の動きで星名を見ると、彼女の眼差しが、うっとりと、していた―――。
「あぁ、めりーごぉらんど……」
 この歳でそれは無いわー。
「いざぁ……いざっ!」
 参ると申すか。
「俺がまいったよ。ってかマジで乗るのかっ」
 いつの間にかジャケットの袖を掴まれ、メリーゴーランドの入口まで引かれてゆく。丁度アトラクションが終了したのか、乗り物から降りる人々とすれ違う。
(待ってくれ! 心の準備を! 逃げる算段を!)
 当惑するままにゲートを潜る。星名の顔を見てみると、眉がつりあがり小鼻が膨らんでいた。
「ムフー」
(割と痛い子だと思ってたけど、真性か!)
 お前が言うな。
 星名は迷うことなく進み、白い馬に腰掛けた。日向は何に乗ろうか迷い目が泳いでいたが、星名が自分が乗った馬の後ろを手でポンポンと叩いて呼んでいた。
 絶望的な表情で馬に跨ったところでアナウンスが流れ、メリーゴーランドが動き出す。
 乗り物に捕まるための棒を挟んで、星名の香りが届く。小さな手と細い肩。近くに見える星名の横顔に胸が高鳴る。メリーゴーランドは日向を落ち着けようとするようにアコーディオンの旋律を奏で、緩やかに進み、穏やかに上下していた。
「ごめんね、ちょっと子供っぽ過ぎたよね。やっぱり、男の子はこういったの嫌い?」
「いや、あんまり乗る機会も無いからさ。たまには、うん、良いんじゃないかな」
 星名が視線を緩ませ「そうなんだ、良かった」と、甘く幼い声で呟いた。
 頬を撫でる十二月の風は冷たく、目の前の星名は白く雪のようだ。
 どこまでも澄み渡る風景の中、ふと絹に一滴の墨を落とした不快感が走った。
(誰か、近くで異能使ってんな)
 異能者は『力場』やクリーチャーの存在感に共鳴することが僅かに出来る。近くにはクリーチャーは居ないようだが、異能者の気配は感じる。日向が察知できていないだけかもしれない。また、能力者同士での抗争かもしれない。異質な気配を出す能力者を見つけるため日向も『力場』を展開し、感覚を引き上げた。
「日向くん、どうしたの?」
「誰かが『力場』を使ってんだ。こんなとこで何の目的があるのか分かんないけど、とりあえず見つけ出してみる」
 周りは先程と変わらず家族連れやカップルが歩いている。戦闘の気配は無い。『力場』を展開し、ただ佇んでいるだけの印象だ。
 星名を監視してる学生部隊の人間だろうかとも思ったが、今まで気配を殺していた人間がここに来て『力場』を展開し、強化された視力に頼るとは考え辛い。
 仮に、監視者が『力場』を展開したとしたら、どのような理由があるのか。
(……馬鹿か俺はっ!? アイツしかいねぇだろっ!)
 警戒区域に立つ、オレンジ色の西洋人を思い出す。
「どうしたの? 日向くん。大丈夫、だよね。何も起こらないよね。ねえ、日向くん。ねえ……」
 不用意に『力場』を展開したことを悔いる。『力場』を使用したことで、日向が相手に気がついていることを教えてしまったようなものだ。今現在の相手との距離は、『力場』を展開した時に気がつくかどうかという際どい距離。知らない振りをして様子を伺うべきだった。
 相手がベラドンナだとしたら、なぜ自分から『力場』を使用して存在を教えるような真似をしたのか。監視者と遭遇したがまだ戦闘が起こっていないだけか、または単なる挑発か。後者としたら随分余裕だが、その理由も頷ける。この遊園地には星名の監視を含めた学生部隊が数人いるが、ベラドンナは一人だけで渡り合えるポテンシャルを持っている。どのような原理かは不明だが、彼女がクリーチャーを呼び出すことが出来るためだ。
「私、怖いよ。大丈夫だよね。日向くん、守ってくれるよね。お願い、こっちを、見て……」
 ますます濃密になる気配と視線から、向こうはこちらの位置を把握し日向たちの様子を伺っている事が分かる。未だアクションが無い事や、複数の『力場』がこちらを意識している事から、監視者とベラドンナの戦闘の線は薄い。また、敵も一人ではないようだ。その上で相手はこちらが気が付いている事を感知している。星名を奇襲から守るため後手に回るのは仕方ないとしても、これ以上出遅れてはいけない。焦り、あたりを見渡すが日向はまだ異能者が放つ『力場』のおおよその位置しか掴めていない。
 ベラドンナが星名を狙っていると言うことは理解し、襲ってくる可能性も考慮していたが、突然の出来事に総毛立った。何故、彼女が狙われなければならない。それでも、定かではない理由の究明より、現に起こっていることへの対処が先だ。
 せわしなく視線を彷徨わせ数秒、遂にこちらへ視線を送る異能者達を見つけた。
『うわ、日向こっち見てんよ』
『だから気づかれるってゆったじゃん。アタシゆったじゃん』
『おーおー仲がいいねぇ。ラブラブだねぇ』
 アトラクションの陰に隠れたクラスメート達だった。
 ちなみに日向は唇を読んでいた。
『おまえらぁ。能力使って出歯亀してんなこらぁ』
 こちらは唇の動きだけで言葉を伝えてみる。
『お前達のデートを草葉の陰から応援してやってんだよ』
『マジで草葉に叩き込んでやろうか。あぁ』
『やってみろよ雑魚野郎』
『ごめんって日向。うちらもバレるまでって事でやってたから。この後は邪魔しないからね』
『百花ちゃん、つまりバレなきゃずっとやってたの?』
『……じゃあうちらも遊びに行ってくるよ~じゃあね~』
 気楽に手を振り、巳荻たちが去っていった。
「どうだったの? 大丈夫? 日向くん。ねえ」
「いや何でもない。俺の勘違いだった。うん。勘違いだ」
「そうなんだ、良かった」
 肩の力を抜き、今にも泣き出しそうな星名を見て驚く。自分が、彼女をそこまで不安にさせていたのか。
「……うん、大丈夫だよ。城之崎くんは、ちょっと脅かしてるだけだよ」
 俯いた星名の呟きから、不穏な影を見た。
「え、城之崎が、何?」
 問いただすが星名は微笑み、「なんでもない」と返すだけだった。


■    ■    ■


「観覧車に乗ったのも久しぶりだな」
 アトラクションの影を潜り、日向と星名は遊園地中央の広場へ出る。マスコットキャラクターの着ぐるみが子供達に風船を配り歩いていた。
「綺麗だったよね。今度さ、向こう側に見えた大きなの、博物館? にも行って見ようね」
「恐竜博、だっけ。そうだな、まあたまにはそういったのも良いか」
「あ、恐竜って言えばさ、日向くんは知ってる? 沢山研究されてる恐竜なんだけど、一つだけどうしても分からないことがあるの。何が分からないか、分かる?」
「なんだろ。やっぱ鳴き声とかじゃない? 声なんて分かんないだろ」
「残念。はずれだよ。骨格から、ある程度は声帯を再現する事が出来るの。昔にね、恐竜の映画とかってあったよね。あれも骨から研究して、再現した声を使ってるんだって」
「へえ、凄いな。そこまで分かるんだったら、逆に何が分かんないんだって感じだよ。絶滅の理由とかは色々仮説があるからアウトか。案外視力とか」
「視力も今いる動物と照らし合わせて大体分かるみたいだよ」
 悩みながら歩き、広場に沿って立ち並ぶ売店を横目で眺める。
「分からないな、降参。正解は?」
「えへへぇ、正解はね、肌の色だよ」
「色? 色なんて、それこそ映画とかで再現されてんじゃないのか?」
「違うんだよ。色はね、声や視力なんかと違って何の根拠も無く、適当に塗られているの。元になるものが無いから、どうやっても再現できなかったんだよ」
「なんか、見えるところで一番肝心なのが適当とか拍子抜けだな。図鑑とかも、作った人がそれっぽい色を塗ってるだけで本当の色は誰も知らないのかよ」
「しょうがないよ。骨から皮膚の色までは分からないから。でもね、最近は化石に付いた小さな細胞から色が分かるかもって、研究が進んでるんだって」
「そっか。じゃあいつか、恐竜の色も分かるようになるんだな。でも、なんか興味が沸かないな。恐竜がって言うより、そういった研究とか。なんか想像もつかないこと一から調べてさ、全部わかってさ、それから先はどうすんだろうな。研究の先に何か他のものに繋がって誰かの役に立つとか、他の人から注目されて名誉を得るとかって、やっぱりそこに行くまでがぼんやりしてるって言うか」
 霞んで見える目的地でも、自ら進んで行く者もいるだろう。嬉々として、あるいは何かに狩られるように。雲を掴む作業の連続。自分の周囲しか見渡せずに、隠れた、または、ありもしない黄金を掘り起こそうと言う。
「んー、やっぱり研究とかしてる人は、好きなものを沢山知りたいだけじゃないかな。私は、その気持ち分かるなぁ」
「知る事自体が目的ってのもあると思うけど、やっぱ俺は分かんないな。地脈がどうこうとか言ったって外れ引く事もあるだろ。回り道多すぎて嫌んなるよ。やりたい事があるなら、ぶっちぎってでも目的地に行きたいしな」
 そして、目的地に辿り着けない場合は。
 昔、野球が好きな友人が日向には居た。彼は小学生のころから野球一筋で、常に話題と視線はそれに首っ丈だ。夢はプロ野球選手になると息巻いていた彼だが、中学に入り他府県の名門中学と試合をした後、自らプロ野球選手になりたいとは言わなくなった。
 典型的な現実を見せ付けられた者。努力が足りないとは言わない。彼は毎日昼夜問わず研究し、鍛錬し、研磨した。鍛えぬいた自分が、ただ辿り着けないと理解したに過ぎない。
 人伝に聞いた話では、それでも彼は今も野球を続けているそうだ。ただ、楽しいからと。
 その判断は正しい。目的を投げ、己の領分を弁え楽しむ分には何も異論は無い。インスタントコーヒーやカラオケ。嗜好品、趣味の領域。
 どこに何があるのかが分かれば、自分では辿り着く事が出来ないという判断が出来る。そうすれば足を休め、自分の裁量で歩を進め、辿り着けないと分かりながらも歩くことは出来る。
 叶わない夢に全力で縋りつくことほど、惨めなものは無い。
「でも、研究とかがお仕事の人は、環境もあって意思もあるから、失敗しても外れ引いても、次に繋げようって頑張れるんじゃないかな。実際そうやって頑張り続けて、いろんな結果を残しているしね」
 しかし、ゴールが見えない状態では、自分は歩くことすら出来ない。環境や意思にも耐久度があるだろう。ペース配分やスパートの掛け方を見誤れば、即刻脱落者の仲間入りだ。
 ゴールドラッシュが良い。黄金があると分かっている場所に、落ちた砂糖に集る虫の様に迷わず進むことを望む。
「じゃあさ、その内、映画みたいに生きてる恐竜も作られたりすんのかな。やっぱり、そういう人たちの最終目標って恐竜の再現だよな」
「目的地がハッキリしたね。興味出たかな?」
 太古の化石から、その生物を再現するには気が遠くなるほどの工程が必要なのだろう。
「どうだろ。まずは色から、かな」
 自分の家すら再生することが出来ない日向には、手が届かない事に変わりは無かった。
「でも、星名さんは好きなものを沢山知りたいってだけで、目的地が無くても大丈夫なんだっけ」
「うん。お先真っ暗でも、好きなことをずっと続けていたいな。でも、目標がまったく無いのも嫌だけど。多分ね、好きな事を沢山知って行けばさ、自分だけの目的が見えてくるかもしれないと思うの」
 ほら、と星名が売店のショーウィンドに飾ってある恐竜の縫いぐるみを指差した。
「生きてる恐竜は怖いから、私はアレがいいな」
 諦めて自分の手の届く範囲に収めるわけでも、夢を転嫁し逃げるわけでもない。
「縫いぐるみを作るために、恐竜の研究をするのかよ。何か違くね?」
「うん、例えだよ。下手っぴだけどね」
 つぶらな瞳をした縫いぐるみを作る事なら、自分にも出来るだろうかと問いかける。
(イトが無い、って笑えねえよ)
 縫いぐるみを抱きしめる父の姿が頭を過ぎっただけだ。
 幼子の姿を振り払うため歩き出す。
 広場では、子供がマスコットキャラクターから風船を貰い両親に笑顔を向けていた。
「ま、恐竜より先に、人類としてはクリーチャーを何とかしてくれって話だけどな」
「そうだよね。この間、日向くんに助けてもらった時に初めて見たけど、本当に怖かったよ」
「あん時は間に合って良かったよ。でも驚いたのは、星名さんが異能者だったって事なんだけどな」
「自分でもビックリしてるよ。異能者だって分かったこともそうだけど、いきなり学校に入れたことも驚いたなぁ。あ、でも寮生活って楽しいよね。みんなで洗濯物干したり、なんてしたこと無かったから」
 今週、クリーチャーに襲われた牧野町。現場に居合わせた星名はもちろん牧野町に住んでいたのだが、急な転校と寮への転居には理由があった。学生部隊の校舎がある牧野町と同じ場所に住んでいた者が寮へ入ることはよくある。日向のように自ら入居を希望する者や、異能者ということで近所からの畏怖の視線に耐えられなかった場合など。その他に、家族が居なくなった場合。そして、星名は三番目のケースに該当する。
 家族どころか、住む家すらもクリーチャーの襲撃によって奪われてしまったのだという。
 そのような事実は口に出すことを忌避されるが、否応なしに情報というものは伝播してしまう。日向が星名の転居の理由を聞いたのは昨日、巳荻百花からだ。「よく考えれば分かることなのに、ごめん。落ち着くまで、そっとしとくべきだったよね」と、巳荻は星名を遊園地へ誘うのは早すぎたと後悔していた。
 自分も馬鹿なことを口にした。クリーチャーや異能の話題は避けるべきだったというのに、日向自ら切り出してしまった。何か話題を逸らすようなものが無いかと思うが、星名の境遇ばかりが頭を巡る。
 ここへ遊びに来てから星名はずっと笑顔で楽しんでいたはずだ。それは感情を押し殺して、周りに合わせるため無理をしていたのだろうか。家族を喪失した苦しみなど想像がつかない。星名自身のことにしても知らない事の方が多い。何も知らない自分が、中途半端に深入りし、分かっているような礼を欠いたことは言えない。
 だとしたら、今は無理をする星名に合わせるしかないのだろうか。
「まあ、前も言ったかもしれないけど、分かんない事とか不安な事があったら、遠慮なく言ってくれよな」
 いつか彼女が、この時、この場所に居た事を思い返して、楽しい記憶だったと言ってもらえるように。
「力になるから」
 決意や言葉とは裏腹に、彼女の顔を見れないでいる。
「ありがとぉ。日向くんには凄く助けてもらってるから、これ以上は気が引けちゃうけど……あっ」
 不意に星名が驚きの声を上げる。何事かと顔を上げると、近くに居た子供が空を見上げている。どうやら、広場で貰った風船を手放してしまったようだ。
 赤い色に白いロゴが入った風船が、空を滑るように離れていく。
 異能で強化された日向の脚力なら、まだ風船に届くだろう。
 悲しそうな顔をする子供に、逃げた宝物を返す事が出来る。
 だから、彼は風船を見送った。
 異能者であることを示したところで、家族水入らずの時間を邪魔するだけだろう。異能者への差別は緩和されているが、日常に彼らは求められているわけではない。表立って何かをされるわけではないが、ヒーローのように褒め称えられる訳は無い。
「ほら、行こうぜ」
「え、あ、うん」
 小さなころに憧れた、正義の味方になれるのだと思っていた。しかし、クリーチャーの被害は留まらない。クリーチャーの発生するタイミングも原理も不明のまま、降りかかる火の粉を払う事しかできないでいる。
 お前達がもっと早く来ていたら。お前らは自分の仕事も出来ないのか。お母さんを返して。
 間に合わなかった場合。守りきれなかった場合。天秤にかけられ見捨てられた結果。
 クリーチャーという災害に見舞われ、やり場の無い憤りは全て異能者に向けられ、さらに救った人々にすら不安の声を聞かされる。
 本当に大丈夫なのか。ちゃんと守ってくれるんだろうな。私の家は大丈夫なの。
 出来るだけ、異能者として他者に関わらずに生きてゆく。
「そういえばさ、星名さんは学校出たらどうしたいんだ? 非戦だろ、やっぱ大学?」
 言ってから、また後悔する。しかし、クリーチャーや異能のことが頭から離れない。彼女に甘えているのだろうか。
「まだそこまで考えてないよ。一年だしね、って言っても、もうすぐ二年になるから考えておかなきゃ駄目かな。日向くんは高校出たら自衛隊に入るのかな。最初会った時も言ってたけど」
「まあ士官とか目指せる頭してないし、事務関係の技術つけてもしょうがないし、速攻で自衛隊だな。まあ、戦闘クラスに居る奴のほとんどは同じだと思うけど」
「大変だけど、立派なお仕事だよね。日向くんたちが居てくれるおかげで、みんな安心して暮らせるんだもん」
「なんつっても、人類の平和を守る仕事だからな」
 鼻を鳴らして得意げに言う。
 空を見上げると、風船はもう見えなくなっていた。
 横目で見れば、風船を手放してしまった子供は両親から新しい風船を貰ったのか、笑顔で歩いている。
 そろそろ日も暮れる頃合だ。巳荻達と合流しなければならないだろう。日向はその事を星名に伝え、二人は歩き出した。
 飛んで消えた風船は戻らない。それが本当に大切な宝物でも、代わりの何かが、どこかにはある。いつまでも物欲しそうな顔で見送るだけでは駄目なのだと、鈍く走る痛みに言い聞かせた。

あきねずみ

Author:あきねずみ

セルフ 貴子同盟

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