鼠の騙し討ち

太刀打できますん

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読者がやることはほめることか間違いを指摘することぐらいしかないと思う
意見をかわすより「ありがとう」って言えばいいと思うよ。
「ダメ書評」に対するマンガ編集者の視線
書評サイトに対する作り手側の視線
褒めてばかりの読書感想サイトと、健気な美少女作家のこと
批評は読み手のためのものでもないと思う。
書評は読み手のためにある(出版社や作家のためでなく)
作品の感想と読者の在り方 好評の反対はスルー
blog書評のためのクソ本対策

酷評、のことなど。
感想言われる側の中の人だけど。
メンタル弱い作家もいるんだからさあ、とか思った。
もったいない

「感想」と「批評」の違いを考えてみる
それが感想か情報かは読者任せ
漫画レビューにはスキャン画像を、アニメレビューにはMADを
「ネタバレ」の定義論

送り手と受け手も、百万光年かなたに位置しているのかもしれないですね。
ブーイングの作法~<批評>の哲学的基礎と<批判>が及ぼす作家の心的作用への関心
ネット書評は作家の「営業妨害」になるか。
ゲームが売れるためには本当に内容よりも広告が重要なのか

「てきとうなもの」さん
「独り言以外の何か」さん
「カトゆー 家断絶」さんより


酷評に対する接し方として、まだネットが普及していない時代は漫画家へのファンレターは編集の目を通って作家へと渡り、その過程で嫌がらせの手紙などと同じく酷評が書かれたものも弾かれていたそうで。しかし、酷評のものは別に保管し、作家の希望でその内容を読むことも出来たと、どっかで聞きました。

作家もサイトを持ったり見たりする時代、送り手に対して感謝の気持ちだけを伝えようというのは素晴らしいと思う。もし自分の酷評を偶然作家が見かけてしまい、それでスランプにでもなられたら、それで作家生命が終わってしまったら、なんて考えると一ファンとしては心苦しい。
それならば、面白かった作品だけ取り上げて、面白くない作品は見なかったことにしようと。
不特定多数の人へ向けて発信しているという条件下で、ある種信仰のように絶賛されれば、作家へ通ることが前提となるファンレターでは得られない透徹された感慨があるのかもしれない。
編集の方にとっても、大手サイトで好評を得ていれば売り上げも上がり、それだけで広告の価値があり作家へのモチベーション維持にも貢献できる。
いいことづくめだ。

けど、そんなやり方が広まるとは到底思えない。桎梏された情報で意思統一が図られるのはテレビまでだと思う。
人それぞれの思想があり、それに対するアプローチの仕方は千差万別、十人十色。
書きたいことを書きたいように書ける、だからこそネットでの評判というのは意味合いが大きい気がする。
それが大局を左右するものから、チラシの裏まで、生の声という忌憚のない評価だからこそ人を惹きつけてやまないのだと。
そんな自己啓示欲の文章に作家が抱く感情にまで対して、最低限の配慮を除き、我々は責任を持つ事が出来ないのではと。
そして、自分が好きな作品に対して酷評が下されていても、その内容がジャンルに対して衒うようでいてエモーショナルなものなら自分とは感性が合わないと割り切る事も出来るし、的確な指摘なら読んでいて面白いし作品に対する見方も深まる。
それを読む受けて側にしても、実になる情報を自分で取捨選択していかなければならない。
そういった可能性の広がりこそ、一つの醍醐味じゃないかなと。

自分も、批評サイトとしては色々とお話にならないうえ、自分でも「これ、感想か?」などと疑問に思うブログを運営しているのですが、一応「作品」に対する事を書いている人間として思うことをば。
作家の為に書いているのか、同好の士の為に書いているのか、と言われてもそれは感想を書いたあとに付いてくるものじゃなかろうかと。しかし、同好の士の為、というのは割合多いかも知れない。
そもそも私がエロゲの感想を書き始めたのが、様々なレビューサイトを見て、なにも反応が無くても自分みたいに作品に対する共有や反発を感じてもらえたら、と思って書き始めたのがきっかけ。絶叫系のレビューを見て、そこで叫びたい気持ちはすごく分かる、とか、対談系レビューで、思考と結論が同じ人を登場させての一人上手な「対談」という形式を取る意味ってあるのか? などと言ったことを、このブログを見ている人にも感じてもらえたら、それより嬉しい事は無いと思います。
ですが結局、自分の作品に対して抱いた感情の湧出された何かを吐き出したい、という欲望が強いのかもしれません。

そして、その感想を書く基準ってなんだろう、と思ってみたのですが、面白い物のみの感想を書いているのかといわれればそうではなく、酷評を律儀に書いたりするかと言われればそうとも言えず。
面白い、つまらない、の二者択一でもいいのですが、それよりも「書きたいことがあるかないか」でしょうか。

最近一ついい例が出来たのですが、「StarTRain」という作品があります。私はこの作品のことを絶賛しているのですが、(その割に79点は低いと思うのですが) 面白いかつまらないかと聞かれれば、つまらない、と言います。物語における新鮮味があるわけでもなく、キャラクター同士のやり取りが面白いといった娯楽性なども低く、テキストも読んでいて尖ったものや疾走感があるわけでもない。
好きか嫌いかと聞かれれば、嫌い、と答えます。登場するキャラたちや作品自体伝えたいものが青臭く、捻くれた老け込み方をした自分にとっては若い力に圧倒されるものの、どこか据わりの悪さを覚えてしまいます。
しかし、この作品に対して「素晴らしい」と言う言葉に帰結する「何か」があったことだけは確か。その何かを汲み取って感想を書いたのであって、好き嫌いだけでは書けない事が世の中にはあるんじゃないかと。

まあ、包括的な見方をすれば結局「面白いから好き」と言える事になるのですけどね。
じゃ、ウンコ行ってくるからこの辺で。

コメント

確かに、読む側の責任というのもあると思います。ネットって、こういうものですからね。

ただ、私はやはりそれだけでは納得出来ない部分もありまして。

というのも、私自身ウェブで小説を書いているのですが、それに対する批評……というより誹謗中傷の類があった際、どうしようもなく傷つくのです。

言葉はナイフだと思います。ネットの魅力がそこにあることも理解できるのですが、だからと言って、発言者の責任が全く無いとなるのは、なにか納得出来ない自分がいます。

「読んだ方だけが傷つき、ナイフを振り飾す側は相変わらず振り回し続ける」っていうのは、実際された人間からすれば、納得いかないものなのですよ。

そして、そういう感想(誹謗中傷)に対し、「そういうのは駄目だと思う」と反論すると、「感想は人それぞれだろ」と言われてしまうという現状もあります。

……作家に配慮しろ、なんてことは言いませんけど。

決して、好き勝手な批評をいいとも思えません。

まあ、かといってなんでもかんでも絶賛してりゃあいいのかとなると、そうじゃない気はするのですが。

自分に合わない批評なら読まない、をルールとするぐらいなら。

それ以前に、自分に合わない本だったら、サイトで取り上げない。それでいいと思うんですけどね……。

はじめまして。コメントありがとうございます。

>誹謗中傷の類があった際、どうしようもなく傷つくのです。
文中の「最低限の配慮」というのがハフさんのおっしゃった「誹謗中傷」に当たるのですが、やはり、ただ嘲るだけの発言などはリアルでもしてはいけない、人として守らなくてはいけないラインだと思うのです。

>発言者の責任が全く無いとなるのは、なにか納得出来ない自分がいます。
>そして、そういう感想(誹謗中傷)に対し、「そういうのは駄目だと思う」と反論すると、
>「感想は人それぞれだろ」と言われてしまうという現状もあります。

感想は人それぞれといいますが、もちろん言っていいことと悪い事はあります。それも本人に対してならなおの事。
ネットもリアルも人との接し方は同じようなものと思うのです。もちろん、環境下における差異はあり、ネットという個人の特定できない、対人関係の意識の低下とも言える状況が、他人に対して無遠慮な言葉を生んでしまっているのでしょう。
そのあたりを考える事が出来ない人がいるため、認められないものに対する攻撃的な排斥行為に訴えてしまうことは、もちろん問題だと思います。
しかし、発言者に対して責任がなくなるわけでは無いのです。
私が言いたかったのは、「作家」がその最低限の配慮を汲んだ批評に対して落ち込んだとしても、申し訳ないと言う気持ちもありはしますが、基本的にそれは知ったことではない、ということなのです。

ちょっと極端な例えになりますが作家と読者というのは、新体操の選手と採点する人間の関係に思えるのです。
いくら選手が自分は良い演技をしたと思っていても、採点する人間にとって納得いかないものがあれば低い点数を表示します。採点基準はその人の培ってきたもの全てで、その全てを注ぎ込み採点をしているわけですから、「お前のせいで優勝が出来なかったじゃないか」と言われても、「君の技術が足りない所為だ」と言うほかないのです。選手に詰め寄られたからといって、次の機会に甘い配点にすれば、それはもう茶番です。
もちろん、オリンピックなどになると、自国に有利な配点をするケースもありますが、それは最低限の配慮が出来ていないものとして純粋に演技を楽しんでいる人や組織から責められてしかるべきでしょう。公平さを怠った責任があります。
得点を付けた演技に対しての責任はありますが、選手の無念には報いる事は出来ないと言うことです。

>決して、好き勝手な批評をいいとも思えません。
>それ以前に、自分に合わない本だったら、サイトで取り上げない。それでいいと思うんですけどね……。

好き勝手な批評の部分には同意です。
しかし、自分に合わないものでも、書きたいことってあるんですよね。
「私はこう考えるのだから、アナタもそうすればいいのに」は何処へ行っても通用しないように、責められたとしてもクリック一つで相手の存在を消せるネットから、意識的・無意識的な悪意が消えることは無いでしょうね。

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