鼠の騙し討ち

太刀打できますん

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皸の手を庇いながら命をかけて「キラ☆キラ」の感想を書きました。
とりあえずは樫原・石動両ルートの感想をば。
きらりルートの感想はまた明日にでも書きあがれば、いいなあ。

<12月2日追加> 「キラ☆キラ」 その二虚弱体質な箱庭お嬢様の樫原。家庭環境に問題があり留年を余儀なくされた千絵姉。貧乏のためバイトを掛け持ちしつつ、その性格のため浮いてしまったきらり。そして、失敗談やモノローグでこれでもかと言うくらい卑屈な鹿之助。
こんな四人が受験なんて放り出して、バンドのツアーをやると言う。
どうも瀬戸口なんとかさんの過去作品から、四人がそれぞれ事情を抱えつつもバンドに打ち込んで青春を謳歌する、と言うよりは、小さくて残酷なコミュニティに逃げ込んで破滅への道まっしぐら、と言った印象を体験版プレイ時に思ったのですが、蓋を開けてみたらどうだろう。なんだか幸せなものが飛び出してきて、びっくりです。

とりあえずルート別の感想なんぞを。


樫原紗理奈ルート「限りある今、大切にしたいね」

この話を一言でまとめると、ろっくんろーるまじっく、ではないかと。自分でも何をいっているかさっぱり分かりません。でも、なんだか言いたいだけじゃん、と思われるのも悔しいので、ろっくんろーるまじっく、で綺麗にまとめてやろうじゃないか。やってやろうじゃないか。ちゃんとした感想とか知ったこっちゃない。ノーフューチャーの精神だ。

樫原編が大きく動き出すのは、もちろん樫原本人から鹿之助に向けての告白から。
しかし、幼なじみでずっと昔から知っている千絵姉や、何でも素直な反応を返すきらりと違い、樫原と鹿之助は出会ってから少しの時間しか経っておらず、今までの鹿之助の樫原への態度も他人に振る舞うそれだった。そこへ突然とも取れる告白である。プレイヤーはもちろん選択肢を選んで、この娘を攻略するぞ、と意気込んでいるわけだから、好感度上げればこの展開は当然じゃん? みたいな気持ちですが、そこは我らの前島君。告白した相手を疑います。正気を問います。
やはりそうした部分に、臆病さとか繊細さとか卑屈さを感じさせる描写は全体の構成をとってみても上手くできています。
最初、付き合っている女性に振られるシーンで、相手の気持ちなんて分からない、と言った感情を内包している主人公なのだから、それは疑います。気の迷いで自分なんてすぐ捨てられる、と臆病にもなります。
けど、意識した瞬間に既に鹿之助の負けは目に見えていたのですけどね。

僕はいつも心を平静にして、静かに生きていたいんだ。だから、何かに動揺させられたり、感銘を受けてしまうのって、好きじゃないのに。
あーあ。


とか言ってバンドに参加したり熱心に練習したり周りから勧められるがまま女装したりと、周りに流されすぎるにもほどがある。

そして鹿之助は樫原と付き合うことになったけど、別れても他の誰かと仲良くやってよ、と卑屈にもなる。
しかし、セックスをしたときの、全て受け入れた樫原に対して、この先ずっと樫原を好きなんだろうなあと言う。それは何かに動揺させられたり、感銘を受けた人間は素直にならざるを得ないから、鹿之助をそこまで持っていった樫原の勝利は揺ぎ無いなあと。
その後の展開も、そんな樫原と結ばれたからこそ、鹿之助は樫原の全てを受け入れることになっていく。

上手く行った状態というものが、どんなかたちをしているのか、僕にはうまく想像できない。

上手く行ったことが無いから、せめて下手を打たないように彼は生きていく。

「不幸じゃないってことが、幸福ではないんだよ」

不幸じゃないことが幸福じゃない、それは不幸のかたちは知っているが、幸福のかたちを知ってはいないから。
そんな鹿之助が、鹿之助と樫原の二人の幸せを考えたなら、彼女がそうしたように、そうして自分に樫原としての幸せの形を教えてくれたように、彼も全てを受け入れていくしかないのではないかと。
樫原と正次という残された人間と、消えてしまった樫原の両親との決裂。そのことに対しても、樫原は受け入れる。本当に樫原という少女は強い。好きになった、好きにならざるを得ないような家族が、精神的に自分や自分の愛した現存する家族から離れるという、心の移り変わりすら彼女は受け止める。一つ書き間違えれば、死と隣り合わせに生きる少女が、全てに対して無関心を貫いたようにもなるが、そうではなく、本来はお喋りで物事の好悪を断定できる逞しい少女として繊細に描かれている。鹿之助の傷をも見抜き、終盤で今度はあなたのちからになりたいとまで言わせるとは。

余談ですが、この樫原というヒロインの対比となるのが瀬戸口なんとかさんの過去作品「SWAN SONG」の佐々木柚香。残酷な手段でしか他人と関われない彼女は本当に弱かった。
しかし、樫原の紗理奈という名前からして絶対「CARNIVAL」と絡めてくると思ったのですが。だって、「いとへんにすくない紗」ですよ?
携帯を捨てるシーンで確信しいてたのになあw

さて、そんな強い柏原に対し、未だ樫原の両親の肉体的別離である死に対して執着している正次には、この樫原の両親と正次老人との精神的断絶を伝える事は酷であると判断し、しかしいつか受け入れてもらおうと決意し、その問題とは二人の問題を別のものとして捉え、誰もが納得する、納得させる道を鹿之助は選べたのではと。
これも全て、ろっくんろーるまじっくの成せる業ですよねごめんなさい。



石動千絵ルート「君よ進め」

石動千絵は、平凡でずっと続いていくと思っていた家族関係でさえ、父の不倫と言う形で壊れてしまい、離婚にショックを受け母までもが家族での役割を放棄してしまい、一連の離婚騒動で自身すら留年と言う、優等生として歩んできた道すらも傷ついてしまう。

「四年目って言うな」

それでも彼女は父がいつか戻ってきてくれて、また家族という形を取り戻せるのではないかと言う希望を持つ。それは彼女が家族と言うものが、絶対に変わらないものだと信じて疑わなかったから、それが脆いものだと認めることが出来なかった。
しかし、雨の日の父との話で、それも無理だと悟ってしまう。

「ねえ、私はやっぱり、お父さんを嫌いにならなくちゃいけないのかな……」
「……わからないんだ。もしかしたらお父さんが家を嫌いになったのは、私たち家族の責任かもしれないし……」


そして彼女はその現実を受け止めることが出来ないでいる。劇的に変わっていく目の前の状況に、自分がどう振る舞ったらいいか分からず、そのまま普段どおりの、普段どおりには戻れないはずの、生活を守ろうとする。母に言われ復学した時も、千絵姉は何とか過去の状態を維持しようと以前と変わらない表情で周りと接する。
こうでなくてはならない、と言う自分と言う幻想を胸に停滞した彼女には、どうしたって不安が付きまとう。

これは、そんな千絵姉がバンドや恋を通じて大きくなっていく成長物語。

彼女が最初に出会うのは、半田という自分の将来の姿。
好き勝手に生きてきた彼だが、家族と言う平凡で当たり前のものすら手に入れることが出来なかった。そう言った半田に千絵姉は共感を覚える。彼は孤独なのだと。
そう、千絵姉は今孤独なのだ。父が離れ、母がリタイヤし、一人で家の事を切り盛りし妹の面倒まで見る彼女はどうしたって疲れないはずがない。それでも我慢し続けた先に、過去を話すとき、老人のような姿に写る半田がいる。
それでも半田はそれなりに幸せなのだという。そこで千絵姉は疑問に思う。本当に幸せなのかと。
自分の将来に疑問を持つ事こそが、彼女が自分を変える第一歩。

そして次に出会うのが、もう一人の自分。白神翠。
父が他の女にかまけ、母が嫉妬し上手く回っていない彼女の家庭環境は、そのまま千絵姉のそれだ。
けれども白神翠は千絵姉のように、家族を維持しようと、せめて今までを変えまいと言う我慢をしない。

「でも、ちゃんと話し合った上のことなので、いままでとは違って、正しいことだと思いますう。あんな機能不全家族にいることは、青少年の育成によくありません!」

その白神翠の行動が、きちんと話し合って、理解したうえでの離別を選択する。千絵姉が選べる一つの道として、その行為は提示されるが、千絵姉は両親だけではなく妹までいることから、翠のようなことは出来ないが、ここで言われるのは翠が家族をかなぐり捨てて来た事ではなく、家族と理解したという事。翠は結果として家出をしたが、千絵姉が家族と理解しあえば、また別の結末もあったのでは、と感じさせる。

以前の家族と話し合う前の翠は、自傷行為をしていたが、それはかまってもらうだけの手段ではなく、自己のバロメータとしての機能を求めていた。外見を内面に近づける事によって、理解を求めようとした。

「だから、もし、身体のどこかにメーターがあって、その人の気持ちの苦しさとか楽しさを正確に表示出来ていたら、きっと、私はこういうことをしなかったろうなあって思います。メーターを見ればすむことですからぁ」
「……そういうメーターがあれば、恵まれた境遇のように見えても、本当は辛い、孤独な人に、優しくすることも出来るし。ちょっと恵まれない要素があるからって、本当は辛くもないのに辛そうにして威張る人を、無視することが出来るし」
「つまりあれです。心の辛さなんて、他人にはどうせわからないんです。前島さんが千絵さんの辛さがわからなくたって当然です」
「案外って言い方は、心外です! 韻を踏みつつ怒りますよ!」


人をパッと見てその人の辛さが分かるのなら、それで全てが上手くいくかのようだ。しかし現実は、他人の気持ちなんてものは分からず、たとえ幼なじみの鹿之助でも、千絵姉の気持ちはまったくわかっていなかった。しかし、それでも話し合い、理解しあえば、翠のように自分の好きなように振る舞えるのかもしれないと言う、千絵姉の現状を打破できる可能性を持った手段をもう一人の自分から身に付ける。
翠も千絵姉を見て、優しさや我慢する事の大切さを覚えたことで、変わって言ったと思う。以前より周りを考えるようになったのも千絵姉のおかげではないかと。「お互い成長しましょうね」というセリフには思わずニヤリとしてしまった。
ちなみに、きらりルートで福祉関係の仕事に就いた千絵姉と、人の役に立つ事がしたいといった翠の関係性もなかなか面白い。

そこに一石投じるのが、我らの天才きらり大先生。
理解しあえばなんとかなったかもしれないという千絵姉に対し、

「理解すれば解決ねえ。あたしは、そうは思わないけどなっ」
「あのね、もし、世界に完全に理解し合った二人だけがいて、その世界は本当にうまくいくの?」
「全てを理解しあえなければ、一緒に楽しくやっていけないとしたら、それってとても寂しいことだよね。でも、そんなことはないじゃんっ。理解なんか出来なくたって、あたしたち、仲良しになれるんだもんっ。」


中途半端なところでまた余談。理解云々の話で思い出したのはやはり「CARNIVAL」。学と理沙は、小説版の喩えで言うところの合わせ鏡のようにお互いを理解しあっている。7年後の彼らは、互いが別の人間であり、別の考えを持ち、互いの気持ちが納得し合えないこと、互いが分かり合えないことを悟っている相手の気持さえ理解し、その気持ちに気づかれたことさえ理解している。理解しあえばしあうほど、二人は破滅していく。
作中でも唯一ヒロイン視点があったことも手伝い、この千絵姉ルートは「CARNIVAL」との対比かなあと。あと、幼なじみだし。

理解したとしても、相手の嫌な部分まで見えて、それが原因で上手くいかないなんてよくある話。理解したとしても、どうしようもない状況だってあるし、それで悲しい出来事に行き着いてしまうなんてありふれた話。
翠は理解しあう事で、自分が納得できる結末を手に入れることが出来た。その結末と言うのが家族との離別なのだから、それは千絵姉が望んでいるものとは違う。きらりは理解なんてなくても、上手くいくというが、実際、理解も何もない千絵姉の家族は上手くいっていないことや、今更慰謝料の事で裁判を起こすといった母の行動から、彼女はさらに迷いだす。

「時間って、意味がないのかもね」
「家族って、思ったより簡単に他人になれるものなんだね」
「人の気持ちって、なんか凄いよね。ちょっと怖くなっちゃった」


鹿之助と付き合うことになっても、今後その関係が何時まで続くのかと脅え、その関係が終わってしまった時、自分は母のようになってしまうのではないだろうかと悩む。

そこへ登場するのが、自分の欲しいものは何でも手に入らないような気がする千絵姉と対比する、幾多の障害を乗り越え、自分の欲しいものを手に入れた父の不倫相手の小泉。
自分が壊してしまった家庭に謝罪をし、それでもこれからの二人の生活を続けていくと宣言し、新しい命まで宿して、幸せを掴んだ彼女。ここまできたら、千絵姉は全てを受け入れざるを得ない。離れた父との関係は絶つ事なんてできないし、疲れた母ともこれから生きていかなくてはならない、鹿之助ともまだまだこれからの関係だ。
今ある状況から、それを我慢して維持しようとするのではなく、何が何でも守りはぐくむ為、彼女自身が幸せにならなくてはならない。

ここまで来てようやく手駒が揃った。後は宣戦布告だけだ、ってな感じで終わるこの話。ホント、千絵姉を中心とした人間関係を使っての成長が綿密に描かれていて、ここまでの神がかり的な構成にため息すらでます。

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