鼠の騙し討ち

太刀打できますん

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微睡みの傍観者 1 
微睡みの傍観者 その2
 
微睡みの傍観者 3
 
微睡みの傍観者 4 




空気圧でドアが閉まる音がして、バスがノロノロと走り出す。俺もノロノロとバスの前方へ歩き出し、前から三番目の席の、すぐ前に立つ。前から三番目の席にはいつも私服の30頃の男が座っており、俺はその席には座れない。バスに乗るのだったら、この席以外に座ろうと思わない、そんな自分の中のルールを意固地になったかのように守り続けている。
目を刺す様な眩しさのくせ、ちっとも温かみを持たない二月の朝日にしかめ面を返し、ブラインドを下ろして欲しいなと思ってみる。自分でブラインドを下ろせないまま、ここで突っ立っている間抜けさは誰よりも俺が分かっている。それでも、俺はここにいなくちゃ行けないと言う強迫観念にも似た、いや、自分で作ったルールは強迫観念そのものだろう、そんな下らない物を大事に大事に抱え込んで蹲って動けずにいるのは、あまりにも不細工で滑稽だ。
ガタガタとバスが揺れる。乗客は俺と目の前の男だけ。
俺の乗った所から二つ目の停留所は団地に囲まれており、ここで駅に向かう多くの高校生を拾う。バスが賑わい出し、窓が人々の息でレースのような白を広げ、効き過ぎた暖房に汗をかく。俺は変わらず、目の前の席が空いたら座ろうと思い立ち尽くす。
九つ目の大学前の停留所で喧騒を後ろにバスを降り、振り向くと、前から三番目の席には男が座っている。
いつもの憂鬱な朝がやってきていた。

大学につくと掲示板に一通り目を通した後、サークルに割り当てられた部屋に入り、いつもの様に支度を始める。米をとぎ、炊飯器を仕掛け、ミニコンロの上に乗った鍋に水を張り、火をかける。そしてすぐに火を消す。間違えた。今日は大根を入れるのだった。
ケアレスミスから物事を仕損じる事が多い俺は、常に気を張って物事に当たらなければならない。なんてことで、たかだか大根程度に僅かしかない集中力を費やす。
細長く等間隔で切った大根を水につけて、鍋に火をかける。根っこのものを煮る時には水から、なんて料理の常識を備えていなかった頃には散々硬いままの大根を食べて泣きを見てきた。もうお前如きにつまずくレヴェルじゃねぇぜっ、と自信満々に支度を続けていると、部屋のドアが開く音がして冷気と人の足音が肌と耳に滑り込んできた。
「相変わらず早いな、木藤」
静かな部屋に侵入してきた男は勝手知ったる足取りでコートとマフラーをかけ、椅子に腰をかけ新聞紙を広げるそいつはこっちのやっている事に興味はなさそうだ。
「ぉはよう」
入ってきた男、仄草笑由(ほのくさ・えみよし)に気だるい挨拶を返し、俺はまた朝食を作る事に専念する。
仄草は新聞を広げ「ああ、ふたご座が最下位だ・・・」と、どうでもよさげに呟いてそれきり黙りこんで、たまに肩を揺らしている。四コマが意外と面白かったらしい。気持ち悪いヤツだ。
しばらく朝食を作る音と、新聞紙をめくる音に部屋は満たされ、驚くほどに居心地良く、そして何も無かった。

炊飯器が米の炊けた合図を熱烈にアピールしている時に、こちらもおかずの用意が出来上がった。テキパキと食事の用意し、手を合わせていただきます。
「不味い・・・」
「ああ、いただきますも言わずにいきなり味噌汁を啜ったこのメガネ仄草野郎は、人と炊飯器が精魂こめて作り上げた飯に難癖つけてきやがったよ・・・。おいおい寝言は寝て言えよ。何処がどう不味いか具体的に言えるものなら言ってみろってんだ」
「お前、まだ食ってないだろ。だから分からないんだ。不味いものは不味い」
心底不愉快そうに吐き捨てやがったので急に弱気になってきてしまった。
味見はしたつもり・・・ですよ?
「マジッすか。マズイッすか。そりゃ大変っすね。んで具体的には?」
聞いてやろうじゃないか。この深遠なる和食の境地に君臨する味噌スープ、具材は大根とわかめ、の何処がどう、よそ様より劣っているのかと。(心の内はまだまだ不遜だった)
「出汁を取り過ぎてるから、舌に刺すような刺激がある。あと、味噌を入れた後、沸騰させただろ。必要以上に熱を持っている上、味噌の風味が崩れてる」
「風味!風味ときましたか。つかわねー言葉だよ、普段の生活で。なんだいそりゃ、たかだか朝食に口うるさい小姑だよまったく」
「おい、精魂こめた朝食は何処いった」
「・・・すいません」
とりあえず謝った。とりあえず俺も味噌汁啜った。
「・・・不味い」

「うまくいかねーなー」
パクパクと卵焼きを突きながら呟いてみる。
「魚の焼き加減も卵焼きの形も整っているけど、味噌汁だけは駄目だったな」
「んー。もうちょい作りこまねーとなー」
「あ、そういえば、最大の欠点を指摘するのを忘れていた」
「なんだよ、欠点って・・・」
仄草は変なところで鋭いところがあってか、助言は助かるし、指摘はそれ以上に助かる。しかし、指摘される側にしてみれば、これ以上なんかやっちゃったのかーと思うと、ちょっと引け腰になってしまう。
しかし、なんだそれ?最大なのに忘れてたのか、コイツ。灯台下暗しとかでか過ぎて逆に見えづらいとかそんな感じ?
「煮物を作るのが苦手なお前が、逃げた事はまあいい。しかし、基本中の基本なんだが」
「おう・・・」
やっぱりそうか。俺は何か知らんが、大いなるうっかりを炸裂させてしまったようだ。
そして、勿体つけた様子で仄草が口を開く。
「俺に出す卵焼きなら、甘い卵焼きにしろ。まったく、気の利かないヤツだ」
・・・・・・
「ガムシロップでもかけてろテメェッ!! 俺はお前の女かコラァー!」
バターン!!
「・・・・・・」
「・・・・・・」
言っておくが、決して傍にあったガムシロを投げつけた効果音ではない。
「おっはよーございまーっす!!」
騒がしいのが来てしまった。
「あっれ今日は和食ですか?私和食とかあんまり好きじゃないんですよね。こう、白米とか食べるとウエッってなっちゃって。でも安心してくださいっ。リューヤ先輩の作った料理なら、この三条要、容赦なくいただきますからっ。それにしても寒くてたまんないっすよ。あーもう鼻水とまりませんよ、ティッシュティッシュ~。あ~だめだめ、出る出る出る」
チ~ンッ
「あ~生き返った」年頃の娘のやる事じゃない気もするが、そこはスルーだ「しっかしこう寒いとテンション下がりますよね~。もう今日の朝はすっごいやる気が出てきませんよ。あ、ご飯ありがとうございます。毎朝リューヤ先輩のご飯食べるために、家での朝食抜いてきた甲斐があるってもんですよ」おい仄草、なに新聞広げてんだ。「いっただっきま~す。・・・うめぇー!!なにこれうめぇー!!超スゴイんですけど。なになに、リューヤ先輩って和食も作れる人だったんですか?!うわぁ」
ズルズル、パクパク、ムシャムシャごっくん。
ちゃ~ちゃーちゃりらり~♪
「あ、はい、もしも~。おっはよー。なに、もう来てんの?あーすぐいくすぐいく~」プツ「ほんじゃ先輩、広美が来たんで行っていきま~すっ!」
ガチャ、ドタバタ、バターン。
・・・・・・
「アレで不細工だったら、容赦なく殴っているところだな」
容赦が無いのは仄草のほうだろう。
「まったく、アレに惚れているやつの気が知れない」
こっちを見ながら言うんじゃねぇ。

一コマ目が始まるまで茶を飲みながら時間を潰す事にした俺たちだが、ふいに相方がこんなことを言い出した。
「しかしあれだな。木藤は菓子作りは上手いのに、どうして和食とかは作れないんだ?」
そうなのだ。和食は苦手だが、ファンシーな色合いと甘く広がる洋菓子なんかは大得意。
「ん、だってケーキなんてレシピ見れば誰だって作れるじゃねぇか」
しかし、そんな悲しい理由。
「そうなのか?まあ、そういうもんだってことにしても上手いじゃないか」
「普通に食える程度だって。大したもんじゃないし」
「で、それはそうとして、和食はレシピを見ても作れないのはなんでだ?ケーキ作りとどう違う?」
「だっておまえ、料理の本とか読んでてもさ」「よほど好きなのか、料理が」「ちげぇよっ!趣味だよ!」「否定になっていない・・・」愕然とされた。
「本とかよんでんじゃん?そこでさ、塩適量、って書いてあってさ、適量ってなに!?なんなのさ!?計れよ、計ってくれって、名人の寸量教えてくれって。マジで」
「・・・しょうがないだろ、適量なんだから」
「お好みで、とか言われてもわかんねぇって。その点、洋菓子はきっちり分量も計るし、ちゃんと本の通りに作ればその通りに出来上がるんだよ」
「ふうん。これは、何時まで経っても料理が上達しないわけだ」

そんな朝の一時。大学生活でのこと。まだブレーキが磨り減ってなかった頃。料理についてダラダラ喋っていた、オカルト研究室での出来事。

・・・おや?何か違和感が。

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あきねずみ

Author:あきねずみ

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