鼠の騙し討ち

太刀打できますん

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初夏。
  
罪を犯すと『特別な義務』を負わされる社会。

罪人を更正指導する『特別高等人』という職業を目指す主人公・森田賢一は、

その最終試験のため、とある田舎町を訪れる。

『1日が12時間しかない』『大人になれない』などといった義務を負う少女たちと学園生活を送るが、

『恋愛できない』少女・夏咲と出会ってから、賢一の歯車が狂いだす。

崖にひっそりと建てられた自分の墓、山間洞窟に隠された父親の遺産が次々と賢一を追い詰めた。

贖罪を問われた男が見た、車輪の国の真実とは……。

重厚な世界観を軽妙なタッチで描いた、感動のヒューマンドラマ。


公式ページ、ストーリー紹介より。


この作品の世界では、刑務所と言ったものは存在せず、罪を犯した人間は特別高等人の下で、その罪に見合う義務を背負い更正するよう仕向けられるのです。まあ、この作品の体験版や製品版をプレイした方なら、刑事法など学んでいなくとも、これはありえないと思うこと請け合いな特別高等法と言う設定。義務を守る側に対する規制が緩過ぎる以前に、法律として成り立っていない。しかし、いくらでも突ける半面、設定の詳細も明らかにしていない事から逃げ道も見つけようと思えば見つけられる・・・のか?
しかし、この法律における「義務」だけはまんざら御伽噺でもないと言うこと。
アメリカのどこぞの州では、窃盗をした少女に毎日裁判所に通わせ、ノート一面に「私は二度と窃盗をしません」と延々と書き綴らせる「罰」を与え、未成年をレイプした中年男性には刑期を終えた後、家の前に「未成年者はこの家に入ってはいけません」と言った看板を立てられる。この男性は、孫の顔を見ることも敵わず、常に社会的制裁を加えられ続ける。日本でもストーカーをすれば、その人に近づけない義務を課せられます。「車輪の国、向日葵の少女」で見られる、義務を科す事による教育刑がこれに当てはまる。しかし、特別高等人というものを出してしまってからおかしくなってしまった。
まあ、そのあたりはもう、ファンタジーとして見るしかないかと。

そんな無茶な舞台装置を作ってまでこの作品がやりたかった事は、プレイヤーを驚かすことにあり、ヒロイン個別のシナリオとしての完成度の高さで感動させることにあり、そして、

「There is no such thing as society」(社会など存在しない)と言う言葉を伝えようとした事。

これは、どこかの偉い人が残した言葉で「国が何をしてくれるかではなく、国に対して何ができるか考えるべきだ」と言う・・・捉え方でいいや。(良く知らんことは投げやり。
そして「社会という実在は、人間一人一人によって形作られているものであり、漠然とした社会というものに責任を押し付けずに、個人の努力で社会を変えていこう」と言った激励の意味も含まれているのだとか。
「車輪の国、向日葵の少女」第一章から第四章までが、理不尽な罪や特別高等人と言う裁く側の人間が見せた横暴によって「社会と言う実存は人間によって形作られている」ことを表現し、第五章の演説で「一人一人の力によって社会と言うものを変えて行こう」と奮起し、お姉ちゃんエンドでは“悪い”を“良い”ではなく、今いる場所を“より良く”して行こう、と訴えかけている。(姉エンドが真のエンディングだと思っていますよ、ええ。

社会と言う枠組み、身体という枠組み、その中にいながら如何に楽しい人生を見つけられるか。作中で出てきた夏咲の言葉に集約できるのでは、なんて思うわけで。


そして、一つだけ残念だった事。さちさんの演技に疾走感が無い。句読点まで含めて落ち着いて読んでいるのは分かるのですけれど、姉や「G線上の魔王」のように、この作品のテキストには勢いのある演技が欲しかった。芹園さんが好きなだけに非常に残念。

G線は体験版をプレイしましたが、かわしまりのさんの演技がまさに理想。相変わらずこの方は暗いキャラをやらせたら右に出るものはいないと思う。

しかし、エロゲを熱く語るなんて・・・キモ、サブ、私キモサブ・・・
けどエロゲ大好きなんですよね。唐突ッスけど。

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あきねずみ

Author:あきねずみ

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