鼠の騙し討ち

太刀打できますん

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世の中わからないことだらけですけれど、その中でもはっきりとしたわから無さ代表なのが、小説とかドラマとかを飛ばして見る人。
どうしてそんなことが出来るのかと。勿体無いにもほどがあります。初読というのは一度きりのものなのに。
理由があって最後しか見れなかった、と言うのであればしょうがないと思うのですけれど、意図的に飛ばすのは物語の面白さを大変損ねる事になると思うのですよ。
私が今まで見てきたそういった人たちの言い分としては、曰く最後を見れば大体最初のほうを補完できる、曰く最後だけ見ても楽しめる、曰く時間が無い。曰く話をあわせたい。

補完できたとしても、それはあらすじを把握するに過ぎないし、人物描写や張られている伏線を解からないにしても、解からないからこそ頭を捻らせ楽しむ事もできない。
最後だけ見ても楽しめる。そりゃそうでしょ。その物語が面白いものならそこだけ見ても楽しめるのは当然ですが、中盤の盛り上がりを知らない人には、そのエンディングがどれほどの意味が込められているか実感がわかないでしょうしね。
時間が無いと言う人には、じゃあ見なきゃいいじゃない、としか言えません。
話をあわせたい、ってだけの人は、話をあわせられる人の事もちょっとは考えろ?と言いたい。

別にどうでもいいんですけれどね、人の楽しみ方なんて。
私に関係の無いところでやってもらう分には。


でも、涼宮ハルヒに関してだけは、ねぇ・・・(マテ


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あきねずみ

Author:あきねずみ

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