鼠の騙し討ち

太刀打できますん

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11年前、当時小学生の私が夢中になったゲーム 「バーチャロン」 がNHKのドラマに出る、と言う話をどこからか聞いたのが切掛けでした。
その時は、バーチャロンが出る、と言うのが、バーチャロンのドラマが始まる、に都合よく脳内変換されていた私はワクワクしながらテレビの前に座り込んでおりました。
ドラマが始まって直ぐにバーチャロンは作品のアクセント程度で使われ出番は終わったのですけれど、一話目にして仮想現実の世界でゲームの出来事を体感する、と言うそのドラマの設定に興味を惹かれ毎週楽しみに見ていました。
そしてドラマが最終回を迎えたときに小学生の時の私が思った事と言うのが 「こんなダークな内容をNHKでやっていいのだろうか」 と言う妙に達観した感想を残して、それで終わりでした。
それからは 「そういえば面白いドラマがあったよなぁ」 位の思い出が残ってダラダラと過ごしていたのですけれど、映画 「マトリックス」 やアニメ 「攻殻機動隊」 を見てから、昔に仮想現実の世界を舞台にしたドラマがあったはず、と思い出し気になったので探し始めたのです。
しかし、思い出した当時の私はドラマのタイトルすら忘れており、バーチャロン、NHK,と言った単語しか頭に残っていなかったのでちょっと手こずりました。
そしてそのドラマの原作である小説をようやく見つけることが出来、近所の書店に無造作に置かれていたのを衝動買いし、数ヶ月も積んであったのをつい先ほど読み終わりましたので感想でも。


クラインの壷   著・岡嶋二人

例によってネタバレと電波が全開の感想です。

メビウスの輪を四次元的にし、それを私たちが知覚できるよう三次元にしたのが表と裏が循環する壷。それがクラインの壷。・・・かどうかは分かりません。数学は苦手。
一次元を線。二次元を面。三次元を立体。四次元を立体が重なった、または無数に存在する状態だと捉え、
私たちの世界が三次元なら、それが重なった、または無数に存在するIFの世界が四次元。(一言で言うと四次元は時間)
シュレディンがーの猫が生きている確率も死んでいる確率も100%と言う状態。
そんなIFの世界をコンピューターが作り出し擬似的に体験し、今の自分がもう一つの自分に成り代われたなら本当の自分や世界はどこにあるのか、と悩んだ主人公はこんな事を思います。

自分の瞳を直接見ることは、誰にもできない。自分の瞳の色を知るには、鏡を覗くしかない。だとすれば、瞳が存在しているのは鏡の向こう側だけなのかも知れないじゃないか。
(中略)
鏡を持ったその時から、瞳を向こう側に取り込まれてしまうのと同じことなのだ。一度取り込まれたものが、そこから這い出る事は絶対に不可能だ。


しかし、その鏡が二枚あったのなら瞳はどこに行ってしまうのだろうか。
現実世界と仮想世界。梨紗と七美。現実的な夢の達成とドラマのような刺激的な事件。両方が魅力的な物だとすればそこから這い出る事は絶対に不可能なんでしょうね。
どちらかに行けばどちらかに取り込まれる。そんな堂々巡りの繰り返しに耐えられなくなった主人公の選択は自殺でしたが、最後は結果が描かれていませんでした。
けれども、どちらの世界も選ばなかった彼は本当の意味で死んだのでしょうね。

「はじめのところから始めて、終わりにきたらやめればいいのよ」
そうなんだと思います。


追記 まあ主人公が仮想現実に取り込まれてそっちのほうがいいからあんな行動に出たと思うのですけれど、なんとなく二枚の鏡の事を言いたかったので。
犯罪者や電波さんによく言われる、現実と空想の区別がつかなくなって、と言う決まり文句がありますが彼らは空想こそを現実と判断したのですよ。
そんな生き方憧れるなぁ。絶対踏みとどまってしまうからなぁ。夢の世界、二次元に行きたいなぁ。

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あきねずみ

Author:あきねずみ

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